商いとは、どう生きるかである
ここまで倉本長治の提唱した「商売十訓」の一つひとつを、ドラッカーの経営観と重ねながら読み解いてきました。第一訓から第十訓までそれぞれ独立した教えのように見えますが、あらめて振り返ると、そこには一貫した流れが通っています。 […]
ここまで倉本長治の提唱した「商売十訓」の一つひとつを、ドラッカーの経営観と重ねながら読み解いてきました。第一訓から第十訓までそれぞれ独立した教えのように見えますが、あらめて振り返ると、そこには一貫した流れが通っています。 […]
正しく生きる商人に誇りを持て――商売十訓の最後を締めくくる第十訓は、これまでのすべてを統合する一文です。第一訓から第九訓までで示されてきた判断、学び、顧客、利益、責任、協働、社会、倫理、合理化。そのすべてはこの一文に集約
文化のために経営を合理化せよ――商売十訓の第九訓は「合理化」という言葉に新たな意味を与えています。一般に合理化といえば、無駄を省き、効率を高めることと捉えられがちです。しかし倉本長治は、その先にある目的を明確に示しました
公正で公平な社会的活動を行え――商売十訓の第八訓は、商いにおける「信頼」の土台を問う一文です。第七訓で示された「社会との関係」を、ここではさらに一歩深めています。 社会の中で役割を果たすだけでは十分ではない
店の発展を社会の幸福と信ぜよ――商売十訓の第七訓は、商いの目的そのものを問い直す一文です。第六訓で「人と人の関係」によって価値が生まれることが示されたのに対し、この第七訓はさらにその先へと視点を広げます。
お互いに知恵と力を合せて働け――商売十訓の第六訓は、それまでの流れとは明らかに異なる広がりを持っています。第一訓から第五訓までが商人一人ひとりの判断や責任、姿勢を問い続けてきたのに対し、この一訓は視点を外へと開きます。
欠損は社会の為にも不善と悟れ――商売十訓の第五訓は、商いにおける「赤字」の意味を根本から問い直しています。一般に欠損は経営上の問題として語られます。 しかし倉本長治は、それを単なる数字の問題としてではなく、
愛と真実で適正利潤を確保せよ――商売十訓の第四訓は、商いにおける「利益」の本質を問い直しています。商売において利益は不可欠です。しかし倉本長治は、その利益をどのように得るかを厳しく問いました。 ただ儲ければ
お客に有利な商いを毎日続けよ――商売十訓の第三訓は、商いの中心にあるべきものを端的に示しています。それは「お客様にとっての利益とは何か」という問いです。 倉本長治は、商売とは売ることではなく、お客様にとって
創意を尊びつつ良い事は真似ろ――商売十訓の第二訓は、一見すると矛盾する二つの言葉を内包しています。創意、すなわち独自性を重んじながら、同時に真似ることを勧めているからです。しかしここに、商いの本質的な成長のあり方が示され