笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

人は正しさだけでは動かない

「何度言っても、決めた手順を守ってくれない」
「商品の良さを丁寧に説明しているのに、お客様に伝わらない」
「必要だと分かっているはずなのに、なぜ行動しないのだろう」

 

店を経営していると、こうした場面に何度も出会います。すると、つい「本人の意識が低い」「説明が足りない」「もっと厳しく言わなければ」と考えてしまいます。しかし、人が動かない理由は必ずしも意欲や知識の不足ではありません。人間は、正しいことを理解していても、必ずしも正しい行動を取るわけではないからです。

 

 

人は考える前に動いている

 

私たちは、自分でよく考えて判断しているつもりです。けれども、日常の行動の多くはじっくり考える理性ではなく、瞬時に反応する直感に左右されています。たとえば、売場で二つの商品を比べるとき、お客様はすべての品質や価格を細かく検討しているわけではありません。見やすい。分かりやすい。人気がありそう。自分に合いそう。そう感じた商品を直感的に選んでいます。

 

従業員の行動も同じです。安全確認を省略した従業員がいたとしても、安全の大切さを知らないとは限りません。確認表が長すぎる。道具が遠くにある。表示が小さくて見えない。忙しい時間帯に作業が重なっている。こうした小さな不便が望ましくない行動を生んでいることがあります。

 

人を責める前にまず環境を見直す。そこに、行動を変える出発点があります。

 

 

「きちんとやれ」では動かない

 

ある店では、閉店後の清掃がなかなか徹底されませんでした。店長は何度も「もっときれいにしてください」と注意しましたが、改善しません。そこで言い方を変えるのではなく、やり方を変えました。

 

掃除道具の置き場所を一か所にまとめる。
清掃箇所を三つに絞る。
終了後の状態を写真で示す。
担当が終わったら、札を裏返す。

 

すると清掃は短時間で済むようになり、やり残しも減りました。従業員の意識が急に高まったわけではありません。「何を、どこまで、どうすればよいか」が明確になったのです。

 

これは販売でも同じです。商品をたくさん並べ、説明を増やせば売れるとは限りません。たとえば、包丁を販売する店で種類が20本並んでいたとします。素材、重さ、刃渡り、産地、価格の違いを細かく説明しても、初めてのお客様には選べません。

 

そこで、「毎日の家庭料理なら、この三本」「魚をさばくなら、こちら」「軽さを重視する方には、これ」と、選択の入口を示します。すると、お客様は比較しやすくなります。伝える情報を増やすのではなく、選びやすく整理する。それだけで売場の反応は変わります。

 

 

行動を促す四つの工夫

 

人が動きやすい環境をつくるには四つの視点が役立ちます。

 

1.簡単にする
最も大切なのは、行動までの手間を減らすことです。ある洋菓子店では、予約注文の申込用紙に住所、電話番号、年齢、来店経路など多くの記入欄がありました。しかし、実際に必要なのは名前、連絡先、受取日時、商品名だけでした。そこで記入項目を減らしたところ、申込途中でやめる人が減りました。人は、わずかな手間でも行動を先延ばしにします。必要のない一手間をなくすことが行動を後押しします。

 

2.魅力的にする
正しい情報でも、自分に関係があると感じなければ人は動きません。「この靴は高品質な革を使っています」だけでは特徴の説明で終わります。それよりも、「長時間歩いても疲れにくく、仕事帰りまで足が楽です」と伝えたほうがお客様は自分の生活を想像できます。商品そのものではなく、使った後にどんな良いことがあるのか。そこまで見せることで、行動の理由が生まれます。

 

3.周囲の行動を伝える
人は他の人がどうしているかを参考にします。ある店で、マイバッグ利用を促すために、「まだ利用者が少ないです」と掲示したところ、あまり効果がありませんでした。そこで「今月は多くのお客様がマイバッグを利用しています」と、事実に基づいて表現を変えました。すると、「みんながしているなら、自分も」と感じる人が増えました。ただし、数字を誇張したり、存在しない人気を演出したりしてはいけません。信用を失う仕掛けは商いを長続きさせません。

 

4.適切な時に伝える
同じ言葉でも、伝える時機によって効果は変わります。
傘を売るなら、晴れた日の朝より雨が降り始めた瞬間の方が必要性は高まります。靴の手入れ方法は、購入から一か月後ではなく商品を渡すときに伝える。安全確認は、作業後ではなく作業を始める直前に促す。会員登録は、店に入った瞬間ではなく満足して会計を終えたタイミングで案内する。相手が「今、必要だ」と感じる瞬間を捉えることが大切です。

 

 

最後の一言が店の印象を決める

 

人は、経験したすべてを同じように覚えているわけではありません。特に印象が強かった場面と、最後の出来事が全体の評価を左右します。

 

ある衣料品店で、お客様が長い時間をかけてコートを選びました。接客は丁寧で、商品にも満足していました。ところが会計の際、スタッフは無言で袋を渡し、すぐ次のお客様に目を向けました。それまでの丁寧な接客が、最後の数秒で薄れてしまいます。

 

反対に、「今日お選びいただいた色、とてもよくお似合いでした」「寒い日が続きますので、どうぞ暖かくしてお帰りください」と一言添えるだけで、買物全体が温かな記憶になります。

 

売場づくりは、商品を選んでもらうところで終わりではありません。会計、商品の渡し方、見送りまでが一つの顧客体験です。商いは、最後を美しく終えてこそ次の来店につながります。

 

 

意志ではなく仕組みに変える

 

経営者は、ともすると従業員やお客様に「もっと意識を高く持ってほしい」と願います。もちろん、意識は大切です。しかし、意識だけに頼る仕組みは続きません。人は疲れます。忘れます。忙しくなれば、楽な方を選びます。

 

だからこそ、良い行動をするために必要な意志の力を小さくすることが重要です。頑張らなければ守れない手順ではなく、自然に守れる手順にする。よく考えなければ選べない売場ではなく、直感的に選びやすい売場にする。何度も注意しなければ続かない仕事ではなく、行動が習慣になる環境をつくる。「なぜやらないのか」と問う前に、「どうすれば、もっとやりやすくなるか」と問い直してみるのです。

 

人を変えようとするより、人が動きやすい環境をつくる。その小さな工夫の積み重ねが従業員を育て、お客様の満足を高め、店の未来を変えていくのです。

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