
瓦礫の中で始まった手書きのたより
東日本大震災から15年。歳月は流れました。しかし、まちに刻まれた記憶は消えてはいません。そこには人の営みがあり、誰かをおもいやる心があります。
岩手県陸前高田市にある書籍・文具店「伊東文具店」。この店が発行するニューズレター「伊東文具店だより」は、震災から間もない2011年8月に創刊されました。
当時のまちは、まだ瓦礫の中にありました。人々は避難生活の最中で、日常と呼べるものはほとんど失われてしまいました。それでも、店にはお客様が来てくださる。
その人たちに「少しでも楽しみを届けたい」。そんな思いから、現在の発行人である伊東亜希子さんの双子の妹さんが、手書きのニューズレターを書き始めたのです。
そして2026年3月。「伊東文具店だより」は、震災の節目を前に創刊100号を迎えました。
暮らしの温度を守る仕事
文具店は派手な業種ではありません。しかし、人が生きる限り、書くこと、学ぶこと、伝えることはなくなりません。伊東文具店は1961年創業。文房具から始まり、書籍を扱うようになり、長くまちの暮らしを支えてきました。
震災で店舗はすべて被災しました。それでも、わずか9坪のプレハブから営業を再開。本も文具も十分には並べられません。それでも店を開けたのです。
なぜでしょうか。それは、店が単なる「商品を売る場所」ではないからです。店は、まちの暮らしの温度を守る場所だからです。
子どもがノートを買いに来る。学生が参考書を探す。誰かが手紙を書くために便箋を選ぶ。その小さな行為の積み重ねによって、まちは日常を取り戻していくのです。

手書きのたよりにこめた思い
「伊東文具店だより」の最大の特徴は手書きです。パソコンで簡単につくれる時代に、亜希子さんはあえて手書きを続けます。そこには理由があります。手書きの文字には温度があります。人の心は温度のあるものに動くからです。
妹さんが始めたこの新聞は、結婚で陸前高田を離れることになった後も、亜希子さんがその思いを引き継ぎました。手書きを守り、まちの出来事やおすすめ商品、ちょっとした楽しみを届け続けてきました。100号の紙面には感謝とともに、これからも「楽しい情報を発信していく」という決意が書かれています。
この姿は、商いの本質を教えてくれます。商いとは、商品を売ることではありません。人の暮らしを、少しでも明るくすることです。

商いはまちの希望になる
震災から15年。陸前高田は大きく姿を変えました。しかし、変わらないものがあります。それは、まちで商いを続ける人たちの存在です。店がある。灯りがついている。「いらっしゃいませ」と声が聞こえる。それだけで人は安心します。
商いとは、地域のインフラです。道路や電気のように、人の暮らしを支えるものです。そして、商人はその守り手です。瓦礫のまちで始まった手書きの新聞。それは、単なる店の広報ではありません。「このまちは、まだ生きている」と伝える、小さな希望の旗だったのだと私は思います。
15年という歳月を経て、あらためて問い直したいことがあります。私たちは、何のために店を開くのか。売上のためだけなら、商いは苦しくなります。しかし、誰かの暮らしを支えるためなら、商いには意味が生まれます。
手書きのニューズレターを続ける文具店。そこには商いの原点があります。店とは、まちの記憶を守る場所です。そして商人とは、その記憶を未来へ渡す人です。
震災から15年。私たちもまた、自分の店に問いかけてみたいものです。この店は、誰の暮らしを支えているのか。その問いに誠実に向き合うとき、商いはもう一度、まちの希望になります。

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