
津田沼戦争の教訓
夕刻の総武線快速が津田沼駅に滑り込む。改札を抜ける人の流れは、かつてと同じように力強い。しかし、駅前の風景は、確実に変わりました。
一昔前、駅を出れば目に飛び込んできた百貨店の看板、GMSの大きなファサード、若者を吸い寄せた専門店ビル。そのいくつかは姿を消し、あるものは用途を変え、また新しい主役が街の重心を引き寄せています。
にぎわいは消えたのではなく形を変えた――津田沼は今、そのことを私たちに静かに、しかし雄弁に語りかけています。

「戦争」と呼ばれた理由
津田沼が「戦争」とまで呼ばれ、激烈な競合を繰り広げてきたのは偶然ではありません。高度成長期から成熟期にかけて、東京30分圏という立地、鉄道結節点という強み、人口増加という追い風を背景に、名だたる流通企業が次々とこの地に集結しました。
百貨店、GMS、ファッションビル、専門店街。各社はそれぞれの価格戦略を持ち込み、品揃えを競い、駅前という立地を最大限に活かし、サービスで差をつけようとしました。広告は派手になり、売場は進化し、改装と増床が繰り返されました。
ある企業が勝っているように見える時期は、確かにありました。しかし、その勝利はけっして永続的ではありませんでした。栄枯盛衰、盛者必衰の理のとおりです。
時代が進むにつれ、消費者の価値観は変わります。「たくさんあること」より「自分に合うこと」へ、「安さ」より「納得感」へ、こうした変化に遅れた店は、どれほど規模が大きくても静かに舞台を降りていきました。
出店と閉店が繰り返されるこの循環こそが、「津田沼戦争」の実像です。それは、倒すか倒されるかという単純な構図ではなく、変われるか、変われないかの戦いでした。

商業の新陳代謝を映す鏡
最近、日本経済新聞は津田沼を「イオン一強」と表現しました(1月16日)。駅前の象徴だった施設が閉店し、再編と拡張を進めるイオンが、新たな人の流れをつくろうとしています。これを「勝者の誕生」と見るのは、少し短絡的かもしれません。
むしろ重要なのは、主役が入れ替わること自体が商業の健全な新陳代謝だという点です。街は生き物であり、商業もまた生き物です。消費者の暮らし方が変われば、必要とされる商業の姿も変わる。その変化に応じて、舞台装置が組み替えられていく。それが津田沼で何十年も繰り返されてきました。
では、激烈な競争の中で何が最後に残るのか。津田沼戦争の最大の教訓は、勝ち続ける戦い方は「顧客体験の深化」にあるということです。価格は、必ず追いつかれます。品揃えは、模倣されます。立地の優位も、再開発や動線の変化で揺らぎます。しかし、体験だけは簡単に真似できません。
顧客体験とは、派手な演出のことではありません。店に入った瞬間の空気、声をかけるタイミング、説明のわかりやすさ、買った後のフォロー。「この店なら大丈夫だ」と感じる、その積み重ねです。
特に駅前商圏では、店は“売上単価”ではなく、“時間単価”で選ばれます。忙しい日常の中で「迷わず選べる」「短時間で満足できる」「気持ちよく用事が済む」といった体験を提供できるかどうかが、次の来店を決めます。

小さな店が勝てる道
ここで、小さな店にとって希望があります。大型店が圧倒的に強いのは、「便利」です。一方で、小さな店が圧倒的に強くなれるのは、便利の先にあるものです。
・顔を覚えてくれる
・用途を聞いて一緒に考えてくれる
・失敗しない選び方を教えてくれる
・買った後まで気にかけてくれる
これらはすべて、顧客体験の深化です。価格ではなく、「この人から買いたい」「この店に行けば間違いない」という信頼を積み上げること。それは、大きな資本がなくても、今日からでも磨ける競争力です。
津田沼の歴史は、私たち商業者に厳しく、そしてあたたかい問いを投げかけています。あなたは、何を売る商人なのか、何で選ばれたいのか、という問いです。変化に対応するとは、流行を追いかけることではありません。自分の商いの軸を定め、その軸を時代に合わせて磨き直し続けることです。
「津田沼戦争」は、終わった過去の出来事ではありません。形を変え、主役を変え、いまも続いています。だからこそ、この街の歴史に学びたい。変化を恐れず、顧客体験を深め続ける商人だけが、次の時代のにぎわいをつくる。
それが、津田沼が私たちに残してくれた最も実践的な教訓です。
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