笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

怒りの奥に眠る需要

クレームが入った瞬間、店の空気が変わります。胸の奥がざらつき、言い返したくなる。あるいは反射的に謝りすぎて、必要以上に消耗する。スタッフの表情もみるみると曇る。——商いの現場で、これほど心を揺さぶる出来事はそう多くありません。

 

けれど、繁盛店ほど知っています。クレームは「嫌な出来事」では終わらせはならない。次の繁盛の入口に変えてしまう。なぜなら、怒りの奥にはたいてい“需要”が眠っているからです。

 

ここで言う需要とは「もっと安くしろ」のような表層の要求ではありません。その人が本当に欲しかったのは、安心だったのかもしれない。わかりやすさだったのかもしれない。大切に扱われる感覚だったのかもしれない。それが得られなかったとき、怒りという形で噴き出します。

 

つまりクレームとは、店がまだ言葉にできていない「価値の穴」を指差してくれるものです。宝の地図は、たいていくしゃくしゃに折れて汚れたものです。だから見落とされる。けれど、読み解けた店は強くなります。

 

クレームを「攻撃」ではなく「情報」に変える

 

まず大前提として、すべてのクレームが“正しい”わけではありません。理不尽なものもある。人格否定や脅しのようなものもある。これは別物でカスタマーハラスメントと言われるものです。スタッフを守るため、毅然と一線を引かなければいけません。

 

一方で、多くのクレームは「店を潰したい」からではありません。「期待していた」から起きるのです。期待があったからこそ、裏切られたと感じる。だから強い言葉になる。

 

ここで視点を変えましょう。クレームは“感情”として受け止めると苦しくなるだけです。“情報”として受け止めると、店は前に進めます。感情を情報に変える合言葉はこれです。

 

「この人は何を守りたかったのだろう?」

 

時間か。お金か。体面か。健康か。家族の都合か。失敗しない確信か。守りたいものが見えると、怒りの輪郭が整理されていきます。現場で多いのは次の三つです。店の業種が違っても驚くほど共通しています。

 

怒りの奥にある“需要”はたいてい三種類

 

一つ目は「不安を消したい需要」。
「これで大丈夫なのか」「損をしないか」「失敗しないか」という心理です。生活防衛の時代ほど、この不安は強くなります。説明不足、表示のわかりにくさ、案内の曖昧さは怒りに直結します。

 

二つ目は「手間を減らしたい需要」。
買い物にかかる時間、手続き、行き来、探す手間。忙しいほど人は“摩擦”に敏感になります。導線、会計、包装、受け渡し、問い合わせ対応。ここに摩擦があると、怒りは増幅します。

 

三つ目は「尊重されたい需要」。
人は内容以上に“扱われ方”で傷つきます。言い方、顔、返答の速さ、目線、相づち。ここが雑だと、同じ対応でもクレームになります。逆に丁寧だと、問題があっても大事になりにくいものです。

 

クレームの目的は「謝罪」ではありません。この三つのうち何が欠けたのかをつかみ、あなたの店にある“価値の穴”を埋めることです。そこまで行って初めて、改善ではなく進化になります。

 

クレーム対応は「最初の30秒」で決まる

 

クレーム対応は技術です。センスではありません。最初にやることは、論破でも謝罪の連発でもありません。それは“受け止めの型”を差し出すことです。おすすめの順序はこうです。

 

まず、事実より先に感情を受け止めます。
「ご不快な思いをさせてしまい、申し訳ありません」という一言で相手の熱は少し下がります。

 

次に、相手の困りごとを言語化します。
「◯◯でお困りだったのですね」「△△がわからなくて不安になられたのですね」というように、怒りの奥の需要にふれる言葉を置く。これが効きます。

 

その上で、初めて確認に入ります。
「状況を正確に把握したいので、順にうかがってもよろしいでしょうか」と進めます。ここまで来ると、会話が“戦い”から“解決”へ移ります。大切なのは相手の言葉を遮らないこと。相手は「理解されたい」のです。理解されて初めて、解決策を受け取れるようになります。

 

クレームを“進化”に変えた店

 

ある店で、「説明が足りない」というクレームが重なりました。店側は「ちゃんと書いてある」「聞かれたら答えている」と感じていました。しかしお客さまの側は、買う前に不安を消したかっただけです。けれど、聞くのも気が引けます。だから買わずに帰るか、買ってから後悔して怒りになります。

 

店が変えたのは、商品そのものではありません。売場の“案内の順序”でした。入口と売場の要所に、「迷うポイント」を先回りして一言を添えるようにしました。スタッフの声かけを「何かお探しですか?」から、「迷いやすいのはここです。目的はどちらですか?」に変えたのです。会計時には「迷ったら、ここだけ見てください」と案内カードを渡すようにしました。

 

するとクレームは減り、相談が増え、客単価も上がりました。怒りの奥にあった需要は「説明してほしい」ではなく、「不安なく選びたい」だったのです。そこを満たした瞬間、店は“優しい店”に進化しました。

 

クレームを「地図」にする1枚シート

 

最後に、明日からできる一歩を一つだけお伝えします。クレームが起きたら、反省会で終わらせず、“地図”として残してください。おすすめは、次の3点を1枚に書くことです。

 

• その人が怒った「きっかけ」は何か
• 怒りの奥にあった「需要」は何か(不安/手間/尊重)
• 店が変えるべき「一点」は何か(案内・順序・言葉・仕組み)

 

ポイントは「全部直す」ではなく、一点に絞ること。一点が変わると、現場が回り出します。現場が回ると、次の改善が続きます。その具体策については、明日のブログであらためて解説します。

 

クレーム客は、店を責めるために来るのではありません。店がまだ渡しきれていない価値を、教えに来てくれる存在です。だからこそ、受け止められた店は強くなります。

 

改善で終わらせてはなりません。“怒りの奥の需要”を見つけ、店の価値として磨き直しましょう。それが、商いを次の段へ連れていく「進化」の宝の地図です。

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