笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

値上げの流儀

値札を貼り替える手が少し重くなる日があります。

 

「この値段で、お客さまは買ってくださるだろうか」
「常連さんに嫌われないだろうか」
「値上げした途端に客足が落ちたらどうしよう」

 

仕入れは上がる。光熱費も上がる。人件費も上がる。値上げは避けられないのに、心は追いつかない。——そんな現場の葛藤は、痛いほど分かります。けれど、ここで一つだけ確かなことがあります。値上げが怖いのではありません。怖いのは“理由が伝わらないこと”です。

 

価格だけが前に出ると、人は「高くなった」と感じます。しかし理由が伝わると、人は「そういうことなら」と納得する。そして納得は、価格への抵抗を下げるだけでなく、店への信頼を強くします。値上げの勝負は、値段ではありません。理由を売れるかどうかです。

 

説得ではなく安心の提供

 

生活防衛の空気が強いとき、人は慎重になります。

 

「本当にこの値段の価値があるのか」
「便乗値上げではないのか」
「前と同じ中身で高くなっただけではないのか」

 

こうした疑いは、悪意ではありません。防衛本能です。だから、値上げをするときに店がやるべきことは、説得ではなく安心の提供です。安心とは、こういうことです。

 

「この店は、ちゃんと理由を持っている」
「この店は、ごまかさない」
「この店は、こちらの事情を分かっている」

 

この安心が生まれれば、値上げは“敵”ではなくなります。むしろ、店の信用を強める機会になります。

 

「理由」は値上げの言い訳ではない

 

値上げの説明というと、「原材料が上がりまして……」と、事情を並べることになりがちです。もちろん事実は大切です。けれど事情だけだと、相手には「店の都合の話」と聞こえます。お客さまが知りたいのは、都合ではありません。自分にとっての意味です。つまり、「その値段でも買う理由」が欲しいのです。

 

ここで視点を一つ変えます。値上げの理由は“守りの言い訳”ではなく、“価値の宣言”なのです。私たちは何を守るために値上げするのでしょうか。品質か、安心か、手間か、供給の安定か、スタッフの暮らしの健全さか。守るものが言語化できる店は、値上げが“筋の通った判断”になります。

 

値上げで失敗する店は、値段だけを変えます。一方、値上げで強くなる店は、価値の言葉を一緒に変えます。

 

納得をつくる三つの「理由」

 

理由は長く語る必要はありません。むしろ短く、芯だけを渡すのが効きます。納得をつくる理由には、三つの型があります。

 

型①「守る理由」――品質と安心を守る
最も王道です。「原材料が上がったから」ではなく、「この品質を落とさないために」「安心して使える状態を守るために」と伝えましょう。
お客さまは、品質が落ちることを一番嫌います。値段が上がるより、黙って中身が落ちるほうが信頼を失います。だから、品質を守る理由は強いのです。

 

型②「減らす理由」――失敗と手間を減らす
値上げの価値は、商品そのものだけではありません。買い物の失敗を減らし、手間を減らし、安心を増やす。そこまで含めて提示できると、納得は一気に深まります。
「長持ちするので買い替えが減ります」
「手入れが楽で、日々の負担が減ります」
「迷わず選べるように、こちらで選別しています」
生活防衛の時代、人は“総額”で考えています。値札の一点ではなく、生活の負担が軽くなるなら、納得して支払います。

 

型③「続ける理由」――店と地域の暮らしを守る
小さな店には、もう一つの強い理由があります。「続ける」こと自体が価値になります。
「この店で買える安心を、これからも残したい」
「無理な形で続けるのではなく、ちゃんと続けるために」

この理由が響くのは、信頼がある店です。常連は、店が消えることを望んでいません。むしろ守りたいと思っている。値上げは、店が“続ける覚悟”を示す場にもなります。

 

先に共感、次に理由、最後に約束

 

言い方の順序で、受け取られ方は変わります。おすすめの順序は三段です。

 

まず、相手の気持ちに寄り添う。
「物価高で、家計も大変な中ですよね」
「できれば値上げはしたくありませんでした」

 

次に、理由を短く出す。
「品質を落とさずお届けするために、価格を改定します」
「この状態を守るために、ここだけは譲れません」

 

最後に、約束を一つ添える。
「その分、選び方の提案をもっとわかりやすくします」
「困ったときは必ず相談に乗ります」
「買ったあとまで安心できるようにします」

 

値上げの説明で、お客さまが欲しいのは“情報”だけではありません。「この店は、こちらを置き去りにしない」という関係の安心です。約束があると、納得は強くなります。

 

値上げの「一文」をつくる

 

最後に、明日からできる最小の実践です。値上げをするなら、まず“長文”を捨てて、一文をつくってください。型は「私たちは、○○を守るために、価格を改定します」という短文です。○○には、あなたの店が守る価値を入れます。たとえば、こんなふうに。

 

「私たちは、品質と安心を守るために、価格を改定します」
「私たちは、選びやすさと失敗しない買い物を守るために、価格を改定します」
「私たちは、この店をきちんと続けるために、価格を改定します」

 

そして、その一文の下に、約束を一つだけ添える。「その分、相談と提案を今まで以上に丁寧にします」。この“約束”が、店を強くします。

 

値上げは怖くない。理由を売れる店は、価格の先にある納得をつくれます。納得が積み上がる店は、値段ではなく信頼で選ばれます。いまの時代に求められているのは、安さの競争ではありません。筋の通った商いです。あなたの店の理由を、どうか言葉にしてください。その言葉が、値上げを「不安」から「信頼」へ変えてくれます。

 

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