
真似る店ではなく真似される店へ
「近くの店が始めたから、うちもやろう」
商店街を歩いていると、そんな会話を耳にすることがあります。ポイントカードを始めれば隣の店も始め、SNSで発信して評判になれば周囲も同じような投稿を始め、人気商品が売れていると聞けば仕入れて並べます。
もちろん、それ自体が悪いわけではありません。良い取り組みを学び、自店に生かすことは、商人に欠かせない姿勢です。しかし、それだけではいつまでたっても先頭には立てません。
アップルの共同創業者、スティーブ・ジョブズは、こんな言葉を残しています。
Innovation distinguishes between a leader and a follower.(イノベーションは、リーダーとフォロワーを分ける)
この言葉を聞くと、「自分には関係ない」と感じる方もいるかもしれません。「イノベーション」と聞けば、最先端の技術や莫大な研究開発費を思い浮かべるからです。しかし、ジョブズが伝えたかった本質は、もっと身近なところにあります。それは、「誰かの後を追うのではなく、自分ならではの価値を生み出す」という姿勢です。
イノベーションとは「新しい価値」の創出
イノベーションを「技術革新」と訳すことがあります。しかし、商人にとって大切なのは新しい技術ではなく、新しい価値です。
たとえば、同じコーヒーを提供していても、「一杯300円の飲み物」と考える店もあれば、「忙しい一日の中で心を整える15分」と考える店もあります。売っている商品は同じでも、お客様に届けている価値はまったく違います。
繁盛している店を取材すると、必ずと言っていいほど、この「価値の再定義」があります。たとえば、東京・かっぱ橋の飯田屋は単に調理道具を売っている店ではありません。「料理がもっと楽しくなる道具との出会い」を提供しています。
高級食パンやバスクチーズケーキが話題になった店も、パンやケーキそのものを売っていたのではありません。「一度は味わいたい」「誰かに贈りたい」という体験を提供していました。
イノベーションとは、新しい商品を発明することではありません。お客様が感じる価値を、新しくすることなのです。
小さな店ならではのイノベーション
「うちは昔からこうだから」
この言葉ほど、商売をゆっくり衰えさせる言葉はありません。もちろん、伝統は大切です。長年積み重ねてきた信用は、何ものにも代え難い財産でしょう。
しかし、守るべきなのは「やり方」ではなく、「お客様に喜んでいただく」という目的です。時代が変われば、お客様の暮らしも変わります。働き方も、家族の形も、情報の集め方も変わりました。
それなのに、店だけが昨日と同じでいては、お客様との距離は少しずつ開いてしまいます。イノベーションとは、昨日までの自分を否定することではありません。昨日までの強みを、今のお客様に合わせて磨き直すことです。
商品の見せ方を変える。
接客の言葉を変える。
営業時間を見直す。
SNSで商品の背景を伝える。
店主の思いを発信する。
どれも派手ではありません。しかし、お客様から見れば、「この店はいつ来ても新しい」という印象になります。商売は、大きな変化の積み重ねではなく、小さな進化の積み重ねなのです。
真似される店にあるもの
取材を続ける中で気づいたことがあります。繁盛している店は、競合店をあまり見ていません。もちろん市場は研究しています。しかし、本当に見つめているのは、お客様と自分たちの店です。
「私たちだからできることは何か」「この地域で、この店にしかない価値は何か」という問いを繰り返しています。だから、結果として真似される側になります。
一方で競合店ばかり気にしていると、気づけば自店の個性は薄れ、「少し安い」「少し便利」という比較の世界に入ってしまいます。価格や品揃えだけの勝負になれば、資本力のある企業にはかないません。
しかし、「この店主に相談したい」「この店の提案が好きだ」「ここへ来ると元気になる」という価値は簡単には真似できません。それは、店主自身がつくるイノベーションだからです。
ジョブズの言葉は、大企業の経営者だけに向けられたものではありません。毎朝シャッターを開ける商人にも向けられています。
イノベーションとは、特別な才能ではありません。昨日より一歩だけ、お客様の暮らしを深く考えることです。昨日より一つだけ、新しい提案を試してみることです。昨日より少しだけ、「この店だから」を磨くことです。
その積み重ねが、やがて地域で必要とされる店をつくります。リーダーとは、先頭を歩く人ではありません。新しい価値を示し、周りに「こんな方法があったのか」と気づかせる人です。商人の仕事は、商品を売ることではありません。暮らしを少し豊かにし、人生を少し楽しくする価値を届けることです。
だから、明日も誰かの後を追うのではなく、自分の店だからこそ生み出せる価値を一つ増やしてみませんか。その小さな挑戦こそが、あなたの店を「真似る店」から「真似される店」へと変えていくはずです。
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