
「売る箱」から「暮らしの器」へ
シャッターの降りた空きテナントが連なり、無機質な照明だけが明るいモール。あなたのかかわるモールは大丈夫でしょうか。一方で、平日の昼間にもかかわらず、ベビーカーを押す親子、高齢者、学生、仕事帰りの会社員が自然に集い、会話と生活音で満ちているモールもあります。
同じ「ショッピングセンター(SC)」でありながら、なぜここまで風景が分かれてしまうのか。それは立地でも、規模でも、テナント構成でもありません。決定的な違いは、SCをどう定義しているかという思想の差にこそあります。
いまSCの世界には、はっきりとした分岐線が引かれています。それが、SCは「売る箱」から「暮らしの器」へ移行できるかどうかという構造転換です。
「売るための施設」ではなくなった
かつてSCは、明確な役割を担っていました。商品を集積し、効率よく売ること。大型化し、広域から人を集め、ワンストップで買い物を完結させること。これらのモデルは確かに成長しました。しかし今、その前提条件はすべて崩れています。
ECの浸透、物販の価格競争化、人口減少と高齢化、車社会の縮小、来店動機の弱体化。その帰結として生まれているのが、空きテナントの増加とデッドモール化です。「モノを売るための箱」という定義のままでは、SCは人を呼び続ける力を失います。
一方で、にぎわい続けるSCは、明確に発想が違います。買い物という機能に閉じていない――この一点がすべてを分けています。よく語られる「非物販化」も、表面的には誤解されがちです。飲食を増やすこと、サービス業を増やすこと自体が目的なのではありません。本質は、「買わない時間」を価値に変える構造転換です。
人がSCで過ごす時間の多くは、実は購買行為そのものではありません。待つ時間、休む時間、話す時間、相談する時間、学ぶ時間、つながる時間。これら“非購買時間”をどう扱うかが、施設の価値を決めています。
強いSCは、医療・健康、子育て支援、行政・公共機能、学び、コミュニティ、相談、ケアといった機能を、売上導線の外側に置かずに、中心に組み込みます。例えば、買い物動線の途中に相談窓口や休憩ラウンジがあり、子ども向けの学びスペースと高齢者向けの健康支援機能が自然につながっています。
人は「買うため」に来るのではありません。「用事があるから」「居心地がいいから」「安心できるから」来る、成功しているSCはそれを充足させる構造がつくられています。つまり、非物販化とは業種転換ではなく、時間価値の再編集なのです。
「買う」から「生きる」への不可逆の転換
同時に進んでいるのが「生活拠点化」です。SCはもはや週末の目的地ではなく、生活動線の一部になりつつあります。成功しているSCは、地域住民の日常の困りごとに入り込んでいます。生活時間の中に自然に組み込まれています。「便利」だけでなく、「安心」を提供しています。
仕事帰りに立ち寄り、子どもを迎えに行き、親の健康相談をし、用事を済ませ、少し休み、顔なじみのスタッフと会話をして帰る。SCが“イベントの場”ではなく、“日常の通過点”になったとき、人の流れは消えなくなります。
ここで生まれるのは帰属意識です。「この街に、これがあってよかった」「ここがあるから、この地域で暮らせる」という感覚が生まれた瞬間、SCは商業施設ではなくなります。地域の基盤装置になります。
「買い物から体験へ」という言葉も、しばしば誤解されます。派手なイベントやアトラクションのことではありません。本当の体験価値とは、日常の質です。迷わない導線、待たない仕組み、安心して座れる居場所、声をかけられる関係性、相談できる人、参加できる場、関われる仕組み、これらが整ってこそ日常の質は高まります。
また、体験とは「消費」ではなく「参加」です。「行く」から「関わる」へ、「使う」から「属する「へ、が起きたSCは、自然に人を引き寄せ続けます。
SC運営に求められる更新力と編集力
これからのSC開発と運営に求められるのは、新設力ではありません。更新力と編集力です。施設は老朽化しても、役割は更新できます。「テナント」は変えられても、「意味」は編集できなければ意味がありません。
並べるのは店舗ではなく、編むのは「地域で生きる一日の物語」です。結論はシンプルです。SCは、「売る箱」のままでは生き残れません。売場視点のSCは衰退し、生活視点のSCが残ります。物販中心のSCは空洞化し、暮らし中心のSCが集積します。消費施設は消え、生活拠点だけが残ります。
この転換に成功したSCだけが、にぎわいを「演出」ではなく「日常」として持ち続けます。これから問われるのは、売上でも、集客でも、面積でもありません。「このSCは、地域の人生に、どんな価値を置いているのか?」という問いに答えられる施設だけが、次の時代の――その表現が適切かどうかは別として――ショッピングセンターになります。
SCの未来は構造で決まり、構造は思想で決まります。「何を売るか」ではなく、「何を支えるか」――そこに、これからのSC開発と運営のすべてがあります。

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