笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

忙しいときほど誰を見るか

どんな仕事にも繁忙期はあります。一年のうちにも、一週間のうちにも、一日のうちにも、ここが勝負どきという時期です。そして店の、その人の真価が問われ、本性が表われるときでもあります。

 

たとえば飲食店の昼のピーク。レジ前には列ができ、厨房は手一杯。電話も鳴り、次々と注文が入る。現場は一気に“戦場”の様相を帯びます。こうした瞬間、私たちは無意識のうちに「さばくこと」を優先します。手を早く動かし、ミスなく回し、滞りなく終わらせることに追われます。

 

それは現場として当然の判断です。しかし、そのとき――あなたは、誰を見ているでしょうか。

 

見るべきは作業か、お客様か

 

忙しさが増すほど、人は視野が狭くなります。意識は手元に集中し、「処理」に偏っていきます。ある飲食店での出来事です。昼の混雑時、注文を取り、料理を出し、会計をこなす――すべてが流れ作業のように進んでいました。

 

その中で、一人の高齢のお客様が席に着きました。注文を迷っている様子でしたが、店員は忙しさのあまり短く、「お決まりになりましたらお呼びください」と言いました。そして、そのまま次の対応へと店員の意識は移っていきます。しばらくして、そのお客様は注文せずに店を出ていきました。

 

悪意はありません。対応も間違ってはいないでしょう。けれどその瞬間、店は「お客様」を見ることをやめ、「作業」を見ていたのです。ここに、本性が表われます。

 

忙しいときほど問われる姿勢

 

一方で、同じような混雑の中でも違う判断をする店があります。ある定食店では、ピーク時にあえて一人のスタッフがフロア全体を見る役割を担います。注文や配膳の手を一瞬止めてでも、客席に目を向けます。

 

その日も混雑していました。入口で立ち止まっているお客様に気づいたスタッフがすぐに声をかけます。「少しお時間いただきますが、大丈夫でしょうか。今でしたらこちらのお席をご案内できます」。その一言でお客様は安心し、待つことを選びました。結果、そのお客様は食後にこう言ったそうです。「忙しそうなのに、ちゃんと見てくれているんですね」。

 

ここにある違いは何でしょうか。それは、忙しさの中でも“誰に価値を届けるか”を見失っていないことです。そこには己の仕事への本質的な理解があります。

 

一人を外さないから信頼が高まる

 

忙しい現場ですべてのお客様に完璧な対応をすることは難しいことは当然です。だからこそ重要なのは、発想を変えることです。「全員に同じことをする」のではなく、“見落としてはいけない一人を外さない”という考え方です。

 

初めて来店して不安そうにしている人、何かを探しているが声をかけられずにいる人、困っているが遠慮している人、こうした“声にならないサイン”に気づけるかどうかが大きな違いを生みます。店は客のためにあるとはそういうことです。

 

ある青果店では、混雑時にこそ「立ち止まっている人」に注目するルールがあります。動いている人ではなく、動けずにいる人を見る。「何かお探しですか?」という一言があるかどうかで、売場の印象は大きく変わります。

 

忙しさの中で選び直す

 

忙しいときほど、判断は無意識に流れます。だからこそ、その瞬間に問い直す必要があります。今、自分は何を優先しているのか。この動きは誰のためなのか。自分自身を深く見つめたとき、周囲に対しても同じように観ることができます。

 

作業を回すことも大切です。しかし、商いの本質はそこにはありません。目の前の一人に価値を届けること、その積み重ねが店の信頼をつくります。

 

明日、忙しい時間帯が訪れたとき、ほんの一瞬でいい、顔を上げてみてください。そして、「今、最も気にかけるべきお客様は誰か」と自信に問いかけてみましょう。すべてを変える必要はありません。ただ一人、その人に対して行動を変えてみるのです。

 

声をかける。目を合わせる。状況を伝える。その小さな一手が「また来たい」と思われる理由になります。忙しさは、言い訳にも、価値にもなります。どちらにするかは現場の選択です。だからこそ問いたいのです。忙しいときほど、あなたは誰を見ていますか。

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