笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

値上げの作法

値上げは、多くの商人にとって最も悩ましい経営判断の一つです。「お客様に申し訳ない」「離れてしまうのではないか」と不安を抱く方も少なくありません。しかし、値上げとは裏切りではなく、信頼を試される機会であり、商人の哲学が問われる瞬間です。

 

値上げをどのように伝え、どのように受け入れてもらうか。その“作法”を身につけることで、値段を上げても、信頼を下げない商いが実現します。ここでは、商人が大切にすべき「値上げの作法」五箇条を紹介します。

 

第一条 “誠実な決意”として伝えること

 

値上げとは、経営の苦肉策ではなく、お客様との関係を新たに結び直す「誠実な決意」です。「申し訳ありません」ではなく、「より良い商品とサービスを提供するために」という前向きな姿勢で伝えることが大切です。

 

ある飲食店では、人気メニューの原価高騰を受けて価格を改定しましたが、その際に「食材の品質を下げる選択はいたしません」という一文を添えました。その言葉が誠実さとして伝わり、多くの常連客が「応援しています」と声をかけてくれたといいます。

 

値上げは、信頼を壊す行為ではなく、誠実を示す表明です。

 

第二条 背景と理由を隠さず語ること

 

人は「知らされないこと」に不安を抱きます。だからこそ、値上げの理由を包み隠さず語ることが、お客様の納得を生む第一歩です。

 

あるアパレル店では、製造原価の上昇や取引先工場の人件費改善など、値上げの背景を店頭POPに記しました。「働く人が正当に報われる価格を選びました」と掲げたその言葉が共感を呼び、「その姿勢を応援したい」という反応が多く寄せられました。

 

価格の裏にある“思い”を語れば、理解は信頼に変わります。

 

第三条 お客様に“恩”で返す姿勢を忘れないこと

 

値上げは、お客様に支えられてこそ実行できるものです。だからこそ、「ご理解ください」よりも「ありがとうございます」という言葉を添えることが大切です。

 

たとえば、値上げ発表の際に「これまでの感謝を込めて、小さな贈り物をご用意しました」と、ささやかな特典や手書きのメッセージを添える。その行為にお客様は“誠意”を感じ、むしろ応援したくなるのです。

 

値上げをきっかけに、感謝を伝える。それが商人の恩返しのかたちです。

 

第四条 価格以上の価値を日々積み重ねること

 

値上げを受け入れてもらえるかどうかは、発表の瞬間ではなく、それまでの積み重ねで決まります。「この店なら仕方がない」「むしろよくここまで頑張った」と思われる商いには、日々の誠実な努力があります。

 

ある専門店では、値上げを機に接客や包装を見直し、「心のこもったひと手間」を加えました。「値段は上がったけれど、気持ちは前よりあたたかい」と感じてもらえるようになり、顧客満足度がむしろ向上しました。

 

値上げとは、価格ではなく価値を高める約束です。

 

第五条 「これでよい」ではなく「これからよい」へと磨き続けること

 

値上げは終点ではなく、新たな挑戦の始まりです。改定後こそ、「この価格にふさわしい体験を提供できているか」を問い直すことが大切です。

 

たとえば、あるベーカリーでは値上げ後に「季節ごとに新しい味を楽しめる企画」を始めました。お客様に「上がったけれど、もっと楽しみが増えた」と言われ、価格を前向きな印象へと変えることができました。

 

値上げは、商いを磨き直す機会です。“これでよい”と思った瞬間に、信頼は止まります。

 

「値上げの先」にある信頼を育てる

 

値上げの作法とは、値段を上げる技術ではなく、信頼を上げる心得です。誠実に語り、背景を示し、感謝を返し、価値を積み重ね、そして磨き続ける。この五箇条を実践すれば、価格が変わっても関係は変わりません。

 

実際に、ユーモアと誠実さで話題となったのが、赤城乳業の値上げ告知です。同社は「ガリガリ君」を値上げする際、テレビCMで社員が深々とお辞儀し、「申し訳ありません」と頭を下げました。

 

しかしそれは単なる謝罪ではなく、誠実さと共感を生む演出でした。値上げを隠さず、正直に伝えたその姿に多くの消費者が「仕方ないね」「応援したい」と感じたのです。

 

値上げとは、信頼を試す瞬間であり、同時に信頼を育てる機会でもあります。値段ではなく、心を上げる──それが、これからの商人の値上げの作法です。

 

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