
守り2割、攻め8割
「抹茶にミルクを入れても、お客様が喜ぶならいいじゃないか。どんな飲み方だっていい」
名古屋・熱田で1916年に創業した日本茶専門店「妙香園」。四代目の田中良知社長が、ある先輩経営者から言われた言葉でした。
老舗のお茶屋にとって、抹茶は長く受け継がれてきた文化そのもの。そこへミルクを入れることに、田中社長は当初抵抗がありました。しかし、この言葉をきっかけに考えが変わりました。守るべきは昔からの飲み方なのか。それとも、お茶のおいしさを届け、人の心を潤すことなのか。
田中社長が四代目として経営を継いだのは2020年。折しもコロナ禍で人通りが消えた時期でした。「110年続いた会社だから、この先も続く」とは限りません。そこで自らの経営姿勢を「守り8割、攻め2割」から「守り2割、攻め8割」へ切り替えたのです。
妙香園には創業以来、「茗茶潤心(めいちゃじゅんしん)」という考えがあります。「良いお茶は心を潤す」という意味になります。田中社長は、この商いの芯を守るためなら、届け方は変えてよいと考えるようになったのでした。
守るのは形ではなく価値
妙香園の看板商品は浅煎りのほうじ茶です。一番茶をふんだんに使い、甘みを残しながら香ばしさを引き出す。茶は農産物だから毎年出来が違います。それでも顧客が慣れ親しんだ「いつもの味」は変えません。
そのために欠かせないのが「合組(ごうぐみ)」の技術です。香りや味、水色の異なる茶葉を組み合わせ、現在のほうじ茶では7種類を使って変わらぬ味をつくります。原料は変わる。それでも価値は変えない。言い換えれば、変わらないために毎年変えているのです。
価格にも同じ姿勢が表れています。田中社長が大切にするのは「高級品と高額品は違う」という考え方。品質を落として安くするのでも、老舗だからと必要以上に高くするのでもありません。品質にふさわしい価格で届ける。そのため、同じ商品が価格だけで比較されやすいスーパーへの卸も大部分をやめました。量よりも、価値が正しく伝わる売り方を選んだのです。
「守り2割」は決して小さくありません。品質、信用、そして「良いお茶で心を潤す」という存在理由。その核さえ揺らがなければ、残りの8割は大胆に変えられるのです。
変えるのは飲み方、届け方
その象徴が、2020年にサカエチカで始めた「MYOKOEN TEA STORE」です。抹茶ラテやほうじ茶ラテ、フローズンなど、若い世代にも親しみやすいスタイルで日本茶を提供しています。
ただし、若者向けだから品質を落とすことはしません。飲み方は新しくても、中身は老舗茶舗が選び抜いた茶です。ドリンクを待つ間にほうじ茶を試飲してもらい、ティーバッグのサンプルも渡します。一杯のラテを入口に「お茶って、おいしい」と気づいてもらい、本来の茶葉や茶器へ関心をつなぐ。こうした取り組みで若い顧客は着実に増え、コロナ前の売上を超えた店舗も出てきました。
季節商品にも、その発想が表れています。冬季限定で販売した「~シナモン香る~りんごのほうじ茶ラテ」は、人気ナンバーワンのほうじ茶ラテに、食感を残したりんごソースとクリームを重ね、シナモンで仕上げています。アップルパイを思わせる味わいで、日本茶専門店になじみの薄い人にも新しい入口をつくりました。
ここに大切な商いのヒントがあります。昔と同じ商品を、同じ売り方で売り続けることが伝統ではありません。顧客に届けたい価値を明確にし、その価値が届く方法を時代に合わせて変えるのです。変えているのは、お茶の本質ではなく、お茶との出会い方です。
人口が減り、顧客の嗜好も生活習慣も変わります。そんな時代ほど、「何を変えないか」を決めることが経営の出発点になります。守るものが明確な店ほど、迷わず変われるのです。
守り2割、攻め8割――その2割に商いの魂を込められるか。残り8割を変える勇気を持てるか。110年の老舗の挑戦は、すべての地域商店にその問いを投げかけています。
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