
シールとおはぎ
「これ、かわいい!」
「ぷっくりしてる!」
文具店のシール売場。小学生の女の子たちが棚の前で目を輝かせています。手に取っているのは、キャンディのように透明で立体感のあるシールでした。
大阪のファンシー文具メーカー、クーリア(Q-LiA)が企画・製造した「ボンボンドロップシール」です。立体的でグミのようなぷっくりとした質感が特徴で、2024年3月の発売以降、スマホケースのデコレーションなどで爆発的な人気を博しています。
小学生の女の子たちのすぐ横では、大学生くらいの女性がスマートフォンケースに貼るために同じシールを選んでいます。さらに少し離れたところでは、30代の女性が買い物かごへ入れています。あとで同世代の女性に聞くと、手帳に張って楽しむとのこと。
本来のターゲットは小学校低学年の女の子。それにもかかわらず、学生から大人まで幅広い世代に広がっています。ここにヒット商品の重要なヒントがあります。

人の目を止める振れ幅
ボンボンドロップシールの特徴は、とてもわかりやすいものです。ぷっくりとした立体感、キャンディのような透明感、キラキラとした甘い色使いと、かなり極端な「かわいさ」です。
商品は多くの場合、平均的につくられます。誰にも嫌われないデザイン、誰もが手にとりやすい無難な色使い。可能なかぎり幅広い顧客層を意識し、その平均値をかたちにしがちです。しかし平均は記憶に残りません。
一方、振れ幅の大きい商品は違います。好きな人にはとても刺さります。だから印象に残るのです。ヒット商品は「少し好き」ではなく、「とても好き」を生む強さがあります。
ターゲットを絞るほど市場は広がる
メーカーの開発担当者によると、ボンボンドロップシールが狙ったのは小学校低学年の女の子という、とても限られた層でした。しかし、この絞り込みが商品に強い個性を与えたのです。その個性が「かわいいものが好きな大人」「懐かしい感覚を楽しみたい人」へと広がっていきました。
数多くのヒット商品を検証すると、最初から広い市場を狙っていません。多くの場合、深く刺さる人を決めています。すると結果として、その外側へと市場が広がっていくのです。
この話をするとき、ある有名な商品を思い出します。宮城県仙台市郊外にある秋保温泉の小さなスーパーマーケット「主婦の店さいち」のおはぎです。いまでは一日に何千個も売れる名物商品ですが、始まりはとても小さな出来事でした。
「おはぎをつくってくれないか」
ある日、一人のおばあちゃんがさいちを営む佐藤ご夫妻に、こう頼んだのです。聞けば、娘が孫を連れて帰省するとのこと。「娘が好きなおはぎを食べさせたい。しかし、わたしも歳だから、代わりにつくってくれないだろうか」といいます。
佐藤さんはそれまでおはぎを商品としてつくったことがありませんでした。しかし、その声に応え、試作を繰り返してつくったのが、さいちのおはぎの始まりでした。おばあちゃんの家庭の味の再現したのです。

「家庭の味」という発想
このおはぎには、いくつかの特徴があります。まず、甘さが控えめです。和菓子店のおはぎに比べると、驚くほど甘さを抑えています。理由は明快でした。毎日食べても飽きないことであり、何個食べても胃もたれしないことです。つまり、特別な菓子ではなく日常の食べ物としてのおはぎです。
さらにもう一つの特徴があります。裏側までしっかりとあんこで包んでいることです。多くのおはぎは底にもち米が見えています。しかし、さいちのおはぎは違います。裏側まで、極端なほど丁寧にあんこで包んでいます。この極端さが、食べたときの満足感を生みます。
そして目指した味は、和菓子店の職人の味ではなく、おばあちゃんがつくるような家庭の味です。ここにも、はっきりした方向性があります。
常識の外側にヒットが生まれる
じつは、ここにもう一つ重要なポイントがあります。それは、これまでの常識から外れていることです。和菓子の世界では、甘いことが価値とされてきました。しかし、さいちは甘さを抑えました。和菓子店の味を目指すのが普通ですが、さいちは家庭の味を目指しました。つまり、常識とは少し違う方向へ踏み出したのです。
ボンボンドロップシールも同じです。シンプルなシールが主流の中で、立体でキラキラという極端なかわいさを選びました。ヒット商品は、しばしば常識の外側から生まれます。
ボンボンドロップシールもさいちのおはぎも共通しているのは、誰のための商品かがはっきりしていることです。小学校低学年の女の子、一人のおばあちゃんという具体的な誰かを思い浮かべると、商品は自然と極端になります。
極端だから個性が生まれます。個性があるから人の心に残るるのです。そしてやがて、共感が広がっていきます。
商いの世界では、市場の広さばかりが語られます。しかしヒットの出発点はそこではありません。一人を深く喜ばせること。その真剣さが、ときに常識を越え、新しい価値を生みます。
商いとは、「みんな」に売ろうとすることではありません。まず、誰か一人のために徹底すること。その深さから、市場は思いがけないほど広がっていくのです。
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