
一訓 損得より先きに善悪を考えよ
損得より先きに善悪を考えよ――商売十訓の第一訓に、この一文が置かれていることには大きな意味があります。倉本長治は、商いの出発点を「損得」ではなく「善悪」に据えています。この順序こそが、商いの質を決定づける根本基準なのです。
では、もしドラッカーがこの一訓を読んだなら、どう考えるでしょうか。おそらく彼は「企業の目的は顧客の創造である」と言い換えるはずです。そしてこう続けるでしょう。「利益は目的ではない。正しい経営の結果である」と。
ドラッカーが見抜いた「善悪」の正体
倉本のいう「善悪」は単なる道徳ではありません。ドラッカーの言葉で言えば、それは“顧客にとっての価値”です。企業が存続できるのは、顧客がそれを必要とするからです。つまり、「善いこと」とは顧客にとって意味があること。「悪いこと」とは顧客の信頼を損なうことです。
ドラッカーは企業を社会に貢献するために存在するもの、つまり「社会の公器」と定義しました。この視点に立てば、善悪とは明確になります。それは社会にとって正しいかどうかと同義です。
ここで重要なのは、損得を否定しているわけではないという点です。倉本も、そしてドラッカーも利益の必要性は認めています。しかし、順番が違うのです。
損得を先に置くと、判断はこうなります。
・売れるかどうか
・利益になるかどうか
・効率がいいかどうか
一方で善悪を先に置くと、こう変わります。
・お客様のためになるか
・長く信頼されるか
・社会にとって意味があるか
この違いは小さく見えて決定的です。前者は短期の成果に強く、後者は長期の信頼に強い。そして、長く続く店は例外なく後者を選んでいます。
顧客にとって価値はあるか
ドラッカーは、あらゆる経営判断を「それは顧客にとって価値があるか」という一つの問いに集約しました。たとえば次のような事象があったとします。
・売れる商品だが、品質に疑問がある。
・利益率は高いが、顧客にとって本当に必要かわからない。
このとき、ドラッカーの答えは明確です。顧客価値に反するなら、それを肯定しません。なぜなら、その判断はやがて顧客を失うからです。ここに、倉本のいう「善悪」が重なります。善とは顧客価値であり、悪とは顧客価値の否定です。
では、この考え方をどう実践すればよいのでしょうか。難しい理論は必要ありません。必要なのは判断の順番を変えることです。「売れるか」より先に「役に立つか」を問えばいいのです。たとえば次のような行為です。
・お客様に合わない商品はあえて勧めない
・メリットだけでなくデメリットも伝える
・その場の売上より次の来店を選ぶ
一見すると非効率に見える行動です。しかし、これこそが信頼を生みます。そして信頼は、価格や立地では代替できない競争力になります。
「正しさ」がブランドになる時代
いま、消費者は情報を持っています。選択肢もかつてないほど広がっています。だからこそ問われるのは、この店は信頼できるかどうかです。価格の安さや品揃えではなく、判断の一貫性、姿勢の誠実さが店の評価を決めます。言い換えれば、善悪の基準そのものがブランドとなり、選ばれる理由そのものになっていく時代です。
倉本長治は「善悪を損得に優先せしめよ」と言いました。ドラッカーは「企業の目的は顧客の創造である」と言いました。この二つは、同じことを指しています。
経営とは何を優先するかの選択です。損得を先にするのか、それとも正しさを先にするのか。その違いが日々の判断を変え、やがて店の未来を分けていきます。
正しさを選び続ける店だけが信頼され続ける。その原点が、この第一訓にこめられているのです。
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