ワクワクの賞味期限
かつて“ワクワク”の代名詞だった店が、今なぜ苦しんでいるのでしょうか。「遊べる本屋」として若者文化を牽引してきたヴィレッジヴァンガード。その独特な商品構成と、雑多でカオスな売場づくりに心を躍らせた人は多いはずです。けれど今、その輝きに陰りが見えています。
業績は低迷し、店舗数も減少。2025年5月期の連結決算は最終損益が42億円の赤字。前の期も11億円の赤字と、赤字は2期連続。現在293店舗を展開していますが、2026年5月期以降に全店舗の約3割にあたる81店舗の閉店を検討すると明らかにしています。
まさに、「ワクワクの賞味期限」が訪れてしまったのです。なぜ、あれほど人気を博したブランドが失速したのか。理由は一つではありません。
まず、「ここでしか出会えない」商品や世界観が、インターネットの普及とSNSの進化によって希少性を失いました。情報も商品も、指先ひとつで手に入る時代。「発見の喜び」は、リアルの店舗に足を運ばなくても得られるようになったのです。
次に、同社が強みとしていた“店員主導”の売場づくりが、時代とともにリスクへと転じました。個々の店員の感性に依存するスタイルは、一定の質を保ちにくく、再現性に乏しい。熱量あるスタッフが減れば、たちまち魅力も失われてしまう構造だったのです。
そして何より、消費者の価値観が変化しました。「モノ消費」から「コト消費」、さらには「トキ消費」へ――目新しい商品やカルチャーではなく、自分の心に響く“意味ある体験”を求める人が増えています。雑貨や書籍をただ並べるだけでは、人々の心に火は灯りません。
では、ヴィレッジヴァンガードに未来はあるのでしょうか。私はあると確信しています。なぜなら、彼らの原点は「価値の再発見」にあったからです。モノの向こうにあるストーリーを伝える力。「なんだこれは!」という出会いの演出力。そのDNAは、まだ失われていないはずです。
「我々はヴィレッジヴァンガードという、いままで世の中になかった独創的な空間を顧客に提供し続ける。ワン・アンド・オンリーのこの空間が美しく、力強く進化することを我々は永遠に顧客から求められるであろう。我々が立ち止まることは許されない。我々は期待されているのだ」
これは同社が掲げる存在理由です。そう、常に「力強く進化することを我々は永遠に顧客から求められ」ており、「我々が立ち止まることは許されない」のです。「我々」とは、ヴィレッジヴァンガードであり、私たち一人ひとりです。
1986年、創業者・菊地敬一さんの「自分が客だったらほしいものを置く」という思想を核に名古屋で誕生。倉庫風の空間にビリヤード台、MGミゼット(小型車)、ジャズ、ブルース。店そのものが編集されたサブカルの聖地でした。まさに「いままで世の中になかった独創的な空間」でした。しかし、「でした」が二つ続くように、それは過去の成功体験なのです。
これから必要なのは、過去の成功体験をいったん手放すこと。「何が売れるか」ではなく、「なぜ心が動くのか」にもう一度立ち返ること。縮小する店舗を、濃度を高めた“体験空間”に進化させることです。
この事例から学ぶべき最大の教訓――それは、“ワクワクにも賞味期限がある”という現実です。どれほど愛されたコンセプトであっても、それをアップデートしなければ、やがて時代に置き去りにされてしまう。だからこそ、変化を恐れず、自らの商いを問い直す勇気が必要です。
そして、ワクワクの賞味期限は、誰にでも訪れます。けれど、それを超えてまた人を惹きつけるための力も、私たちは持っているはずです。いま、あなたの店は「次のワクワク」に向かって、歩き始めていますか? 変化に終点はありません。
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