手札サイズに切られた段ボールの紙片には、細かい字で何か綴られています。それが彼女の寝床の脇には、いつもたくさん置かれていたそうです。記されているのは、数々のお惣菜のレシピや調理方法やプロセスのアイデアと反省。中には、お弁当に盛られる具材と位置を記したものもあります。
彼女とは、2020年1月27日に84歳でご逝去された佐藤澄子さん。いまや、どの店でも売られているおはぎを、スーパーマーケットにおいていち早く商品化し、週末には1万個、平日でも5000個、お彼岸の中日ともなると2万5000個も売る人気商品に育て上げた、過疎のまちの個人店「主婦の店さいち」で惣菜づくりを担ってきた商人です。さいちには、同店には、惣菜づくりにおいて大切にしている“三つの心”があります。
①どの家庭の味よりも、さらにおいしいこと
②毎日食べても、飽きがこないこと
③時間が経っても、おいしさが失われないこと
言葉で表現してしまえばいたく当然ですが、実現にはどれほどの工夫と手間が要るか、人気商品のひとつ、含め煮を食べ、つくり方を見ればわかります。それぞれの具材を小鍋で、その具材にとって最適の味つけで煮て、煮上がったところですぐに冷風で冷ますことで旨味を具に閉じ込める。その工程を具材の数だけ繰り返す。最後に残しておいた煮汁を合わせて、冷めた具にかけることで、さらに旨味を含ませて完成です。
「どうせ一緒くたになるのだから、まとめて煮ればいい。そのほうが効率的だ」と考える他店では味わえない“三つの心”が込められています。そのために大切なのは、作り手の心の確かさと取り組む姿勢。それは、食べてみればわかります。故人となった澄子さんが遺した多くのメモ書きは、彼女が寝ても覚めても、おいしいお惣菜づくりに精魂傾けていたことを、何よりも物語っているのです。