笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

「変わり者」と言われた商人がいます。熊本県菊池市で米づくりに取り組み、地元の自然栽培農産物やそれらを原料としたオリジナル商品を手掛ける渡辺義文さんは「自分が変わっているのではなくて、世の中のほうがおかしい。これまで経済効率優先で日本が捨ててきたものを、あらためて拾っていくのが私の商いですし、お客様への約束です」と言います。

 

熊本県菊池市は熊本市から北東へ約25㎞の肥沃な熊本平野にあり、古くから米どころとして知られる土地柄。この地で祖父の代から続く家業の酒販店「渡辺酒店」に、渡辺さんが入ったのは24歳のときでした。福岡市の酒販店で修業を終えて実家に戻った渡辺さんを待っていたのは、酒業界を揺さぶる変革の嵐。2006年の酒販免許完全自由化をとどめに、業界を超えての激しい価格競争起こり、地方の小さな店も無縁ではいられませんでした。

 

「当時はいかに薄利で売るかが仕事の中心でした。大手ほど仕入れ条件が恵まれないなかで、納品先からは価格を叩かれ、仕入先にも無理を言う。価格競争の先には誰かが苦しむ未来しかありません。そんな商売に希望を見いだせずにいました」と振り返ります。

 

そんな折、知人に誘われ環境問題の講演会に参加してみると、自分の知らない世界を目の当たりにしました。日本の食料自給率が極端に低いこと、それなのに食料廃棄率は高まる一方であること、さらに世界では各地で深刻な食糧不足で餓死者が続出している現実を渡辺さんは知ったのです。また、生産の担い手である農家では就業者の高齢化と後継難で、作り手が減少しています。それは菊池市でも例外ではありません。加えて、経済効率を重視した慣行栽培と過度な有機農法が作物と農地を痛めつけていたのです。

 

化学肥料に含まれている硝酸態窒素は発がん性ばかりか、作物を通じて人間の体内に入ると鉄分と結びついて酸素欠乏を起こすことが指摘されています。かといって、牛ふんなどの堆肥も安全とは言えず、家畜に投与している抗生物質やホルモン剤はふんが発酵しても消えず、やはり作物を通じて人間の体内に入ります。「そうした事実を知ったとき思い浮かんだのは、幼いわが子たちでした。次世代に健全な社会をつないでいくのが今を預かる世代の使命だし、商人とは生産者と生活者をつなぐ役割を担っているのだと目覚めたのです」(渡辺さん)。

 

そこで渡辺さんは地元の生産者がつくる自然栽培米を販売したものの、ほとんど売れません。今日では月に300個以上が売れる12種類の無農薬雑穀を用いたブレンド米も、地元客からは「鳥の餌」と言われ、取引先からは「変わり者」と陰口を叩かれました。自分の商品知識のなさを痛感した渡辺さんは、家族に反対されながらも、地元の自然栽培生産者に習って2反3畝(2300㎡)で米づくりに挑戦。その米を九州米品評会に出品すると最優秀賞を受賞しました。地元のさらに醸造所で焼酎や日本酒にすると、人気商品となったのです。これまで価格でしか評価されなかった商いとは違う景色が見えた瞬間でした。

 

そんな渡辺商店を一躍全国区にした商品が「ごぼう茶」です。熊本名産の水田ごぼうを使った土産品開発を試行錯誤していた渡辺さんは、あるとき地元の長老から「アメリカ先住民はごぼうでお茶をつくる」と聞くと、すぐさま試作を繰り返して商品化に成功。地元の観光施設で取り扱われはじめた矢先、ある著名医師が「ごぼう茶を飲むと若返る」とメディアで提唱した途端、俄然注目を浴びることになりました。

 

しかし、厳選した素材を使用するゆえ、生産が追いつきません。追随企業が慣行栽培ごぼうを使った商品で売上げを伸ばすのを見ながらも、渡辺さんはさらに厳選した素材による製造の道を選びました。「慣行栽培のごぼう茶づくりは当店のやることではありません。儲かれば何でも売る“売人”ではなく、僕はつくり手と食べ手・使い手を幸せにする役割を担う“商人”でありたい。そこをぶらしてはならないのです」と理由を語ります。

 

そう語る渡辺さんの脳裏には、家業を継いだばかりで巻き込まれた“価格ありきの商売”に対する嫌悪感があると言います。それゆえ、渡辺商店では現在およそ100軒の生産者と取引があるが、そのほぼすべてが生産者からの言い値で買い取っています。一般的に農産物は市場でせりにかけられ、価格は売り手が決めるものです。どんなに丹精込めた作物でも同じであり、市場を通すかぎり、農家はそれを飲まざるを得ません。

 

「それが日本の農業を疲弊させ、後継ぎの農業離れを加速させています。本来、生産者が売りたいという商品を見極め、そして磨き、その価値を伝え、つなげることが商人の使命です。そのために商人は知識・情報を身につけ、それを商品として形にしなければなりません」(渡辺さん)。

 

現在、渡辺商店には600品目を超えるオリジナル商品があり、店舗向かいにある生産拠点「本物のアレ研究所」では、本物を目指して新しい商品開発が続けられています。そうした商品は、インターネットショップ「自然派きくち村」を通じて全国2万人超のファン客に支持され、客単価は1万円ほどにもなります。渡辺商店の味を確認できる方法があります。渡辺さんの母、靖予さんの実家を改装して開業した古民家レストラン「郷乃恵」で供される料理の材料、調味料はすべて渡辺商店の扱い商品。靖予さんによる郷土食が人気を呼んでいます。そしてこの春、古民家を改装した宿泊施設「GOYADO」も開設しました。

 

以前、渡辺さんに連れられて休耕田跡にある牧場を訪れたときのこと。ジャージー牛の雄の仔牛がのんびりと草を食んでいました。乳牛であるジャージー牛は本来、雄が生まれるとすぐに殺処分されるもの。しかし、それは人間の都合に過ぎません。それを見かねた一人の生産者、宮川ファームの宮川素子さんは生まれたばかりの雄だけを買い取り、肉牛として育てています。「命あるものを大切に扱い、いただく。これも当たり前の行いです」という渡辺さん。これもまた、渡辺商店の扱い商品の一つです。

 

「あなたがこの世で見たいと思う変化に、あなた自身がなりなさい」とは、インド独立の父、ガンジーが遺した言葉。正しい食を未来へつなぐ商人、渡辺さんを表現するなら、これがもっともふさわしいでしょう。

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笹井清範

笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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