「商魂」という言葉があります。辞書によると、「商売をうまくやって、儲けようとする気構え」とあります。「商魂たくましい」などと使われ、どこかに利己的で、侮蔑的なニュアンスがあります。
商売を卑しい行いと見なし、商人を浅ましい存在と見下す前時代的な商人観が透けているようです。そう思われても仕方ない商いがあり、商人がいることは否定しません。しかし、それはいかなる人の営みも同じことで、商売だけのことでありません。
商いの本質は一人ひとりに、売るところにあります。このとき、売れる数や量よりも、その売り買いの内容をおろそかにしてはなりません。売る者と買う者の人間どうしの心の交流が、数や量の前に忘れ去られてはなりません。
生活者に不幸を売り捌いて、どうして立派な商人であるでしょうか。商人はどんなにたくさん売ったとしても、これでは決して幸福ではありません。法と非法を混用して富を求めようとする者は、たとえ財貨を得ても地獄へ行くでしょう。
世の人々の幸せに合致する営みに徹すること。その幸せが今日ばかりか明日にもつながること。「商魂」とは、そんな努力と営みをこそ言うのです。
【今日の商う言葉】
真の商魂とは人間愛であり
己を正しく評価する
真の勇者のみに許される
貴重なる精神である