「愛とはお互いを見つめ合うことではなく、共に同じ方向を見つめることである」とは、『星の王子さま』『夜間飛行』『人間の土地』で知られるフランスの作家、サン=テグジュペリの言葉。それを思い出す出来事がありました。
お惣菜の母の思い出
おはぎ、お惣菜で名高い宮城・仙台の小さなスーパーマーケット「主婦の店さいち」で、夫・佐藤啓二さんと共にお惣菜づくりに打ち込まれた、妻・澄子さんが享年84歳でお亡くなりになったのが2020年1月27日のことでした。
それから4年後の5月22日に啓二さんがお亡くなりになったのです。これは、澄子さんがなくなったときの思い出です。
密葬が執り行われた数日後の日曜日、さいちを訪れると、いつもと同じく駐車場は県内外からの車で埋まり、店にはおはぎとお惣菜を求めるお客様で賑わっていました。ごった返す売り場に向かうと、そこにおはぎの品出しに励む啓二さんがいらっしゃいました。
その仕事ぶりを離れて見つめていると、やがて私を認めてくださり、にこっと笑って「やあ、いらっしゃい。遠いところ、ありがとう」。お悔やみを申し上げる私を逆に励ましてくだいました。
次に紹介する文章は、2時間ほど故人との思い出話を交わした後、帰り際にいただいた会葬礼状です。そこにあるのは、共に力を合わせて本物の商いを極め、悔いのない人生を歩んだ同志でもある妻・澄子さんへの深い愛情と感謝でした。
最上の「ありがとう」
お世話になっていたご夫婦からの紹介で、妻と出会ったときのことを今でも覚えております。妻の人柄についてお二人が太鼓判を捺していたものですから、どんな女性だろうと思っていましたが、時間が経つほどに引き合わせてくださったご夫婦に感謝するばかりでした。
妻の素晴らしいところは、そのどこまでも真っ直ぐな性格でしょう。猪年だからか猪突猛進で、こうと決めたら一直線。仕事においては「お客様を喜ばせたい」という一心で様々なことに挑戦してまいりました。周りが「本当にできるのか?」と心配したとしても、妻は「できるまでやる!」がモットーなので必ず成功します。
ただ人の真似をするのではなく、例えば肉じゃが一つ作るにしても材料や作り方に工夫をしますから、よそにはないオリジナルの肉じゃがが店頭に並ぶのです。さいちがこうして多くの方にご愛顧いただいているのも、妻の努力があったからに他なりません。
また妻は大変従業員想いで、いつも皆の将来を考えて愛のある言葉をかけておりました。時に厳しく、普段は優しく、そんな人だったからこそ皆がついてきてくれたのでしょう。
こうして振り返るほどに支えてもらってばかりだったと感謝の念が溢れてまいりますが、何より嬉しかったのは、私の母親をとても大切にしてくれたことです。自身が両親を早くに亡くしたせいか、妻は母を実の親のように思い、精一杯尽くしてくれました。
その献身ぶりは、母が茶飲み友達に「良いお嫁さんが来てくれた」と話すほど。妻と一緒になったことが、一番の親孝行となりました。今伝えたいのは、「ありがとう」この一言です。
妻佐藤澄子は、令和2年1月27日、満84歳にて生涯を閉じました。生前ご厚情を賜りました皆様へ、深く感謝を申し上げます。本日のご会葬誠にありがとうございました。略儀ながら書中を持って厚く御礼申し上げます。
仕事に心を込める
「お惣菜の“惣”をよく見て。ほらっ、“心”という字が入っているでしょう。だから、一つひとつの仕事に心を込めてこそ、お客様に喜んでいただけるようになるんですよ」
15年ほど前の冬の深夜、初めてお惣菜づくりを取材させていただいたとき、澄子さんがおっしゃった言葉です。そこに、さいちが過疎のまちにありながら、多くのお客様に愛され続ける理由の一つを知ったときでした。
穏やかな遺影のそばに置かれた、売り場にてご夫妻が笑顔で並んだ写真は、そのときの取材で撮影、あまりに素敵なので引き伸ばしてお送りしたもの。それを見ながら、教わった大切なことを、あらためて心に刻みました。
今ごろお二人は、久しぶりに二人の時間を過ごしていることでしょう。ご冥福をお祈り申し上げます。