「会社を辞めてまえ!」
こう語気を荒げたのは、石川県金沢市の持ち帰り寿司・弁当の名店「芝寿し」創業者、梶谷忠司さん。そう言われたのは、長男で二代目の晋弘さんでした。
1958年創業以来、地域の生活者の信頼を得ながら北陸三県でのれんを育ててきた芝寿しの代表商品は、2枚の笹で押し寿司を包んだ「笹寿し」。石川県白山市にある大社、白山比咩神社の参道で販売されていた笹餅をヒントに忠司さんが考案したものです。笹の香りと上質な素材の味わいが北陸人の舌をとらえ、同社の発展のきっかけをつくりました。
現在は北陸だけで年間1100万個以上を製造、当地のソウルフードの一つに数えられる笹寿しも、発売当初から人気を得たわけではありません。考案者である忠司さんと、当時販売の責任者だった晋弘さんの商品に対する熱意には温度差がありました。冒頭の言葉は、毎日販売残数を報告し、採算性を考えて生産を抑えるよう説得する晋弘さんを、忠司さんは叱りつけたときのものだったのです。
「価値あるものなら、必ずお客様に受け入れられる。もし受け入れられないならば、それは価値の伝え方が足りないからだ。こちらの姿勢に一歩引いたところがあれば、お客様の心など動かせるものではない」と、忠司さんは笹寿しの将来性を確信していました。
そこで365日分の笹寿しの広告をつくり、地元紙に毎日掲載し続けました。その結果とその後については、新著『売れる人がやっているたった四つの繁盛の法則』に譲りますが、忠司さんが事業の羅針盤としている言葉があります。
古くして古きもの滅び
新しくして新しきものまた滅ぶ
古くして新しきもののみ
永遠にして不滅なり
これは、「商人の道場」と言われた商業界ゼミナール草創期の名講演家の一人、新保民八の言葉。第1回目から通い続けた忠司さんの商いの骨格を成す思想です。400年の伝統ある金沢の祭り寿司をルーツに持つ笹寿しの歴史を、パッケージやデザイン、キャッチフレーズを施し、現代的な洗練されたイメージで売り出したところにも「古くして新しきもののみ永遠にして不滅なり」の教えが息づいています。