直心の交わり――若い店主から返ってきた言葉は、私の想定を超えるものでした。「じきしんのまじわり」とは、茶聖と言われた商人、千利休が遺した茶の湯の神髄を表すものです。
その店「1 ROOM COFFEE 」は店名のとおり、席数もそれほどない小さな店。東京都板橋区、東武東上線で池袋から4つめの中板橋駅近くにあります。ここは私にとって実家からほど近い、懐かしいまちです。久しぶりに訪れ、そこに暮らす知人の導きで知ることができました。
白壁と自然木を基調にした店内に入り、3種類ある豆から好みをカウンターで選び、フードメニューを注文。一番人気らしい餡バタートーストと深煎りのコーヒーを、連れはチーズケーキと浅煎りを頼みます。コーヒーに迷っていると、店主はさりげなく選んだフードに合う豆を薦めてくれました。
コートを脱ぎ席に座ると、店主が紙お手拭きと水を持ってきてくれました。いえ、コップの中身は水ではないようです。よく見るとコップからは湯気が昇っています。「白湯ですか? 今日は冷えるから嬉しいですねえ」というと、「お飲みにならなくても、カイロ代わりに手を温めていただけますから」と店主。そんな言葉ともてなしに、店主の心遣いを感じます。
そんなやりとりから思い出したのが、千利休が問われて答えたと言われる茶の湯の心得でした。「まず炭火はお湯の沸く程度にしなさい。お湯は飲みやすいように熱からず、ぬるからず、夏は涼しげに、冬はいかにも暖かく、花は野の花のごとく生け、刻限は早め、早めにして、雨降らずとも雨具の用意をし、お客の心を心とするのです」。
客の心を心とする――一杯の白湯から感じたのがこれでした。このとき私は、水の代わりに白湯が欲しいと、はっきりとは思っていませんでした。しかし、白湯を差し出されたとき、私は白湯を欲しかったのだと気づくのです。お客様の心を心とするとは、こういうことです。
そんなことを冒頭の写真とともにインスタグラムに上げたところ、店主から返ってきたのが「直心の交わり」という言葉だったのです。店主が大切にしている心構えとのことでした。これは単に、相手と直接会ってコミュニケーションの重要性を説くだけではなく、時間や物理的な概念を超えて、相手に心を寄せることの大切さを説いた言葉と言われています。
それにしても小さな店です。けれど、それぞれの席ではお客さんたちがくつろいでいます。まるで親しい友人の部屋を訪れ、丁寧に淹れてくれたコーヒーを味わっているかのような穏やかな空気に満ちていました。
商業界創立者、倉本長治はこんな一文を遺しています。
お茶席は四畳半、
だからいつも行き届くのです。
このお店は小さい、
だから隅々までがお客さまのためにあります。
ああ、この店もそんな店の一つだと、コーヒーを飲みながら思い出したのです。店は大きいから優れているのではありません。そこにいる人、そして商品、それらが醸し出す雰囲気こそが大切なのです。