「郡部で暮らしている両親が日々の買物に困っていると知ったことがきっかけでした」と振り返るのは、移動スーパー「とくし丸」創業者の住友達也さん。2012年創業の同社を、初めて取材したのは2015年のことでした。
「80歳を過ぎてもお袋は買物のために車の運転をしていました。スーパーまでは数キロあり、気軽に歩いて行くというわけにはいかない。同じように困っている人は全国にいる。これから団塊世代が高齢化していけば、困る人たちはさらに増えるでしょう」
彼の予測どおり、食料品アクセス困難人口(いわゆる「買い物難民」)は増え続けています。農林水産省の推計によれば、買い物難民は2015年時点で825万人。店舗まで直線距離で500m以上、かつ65歳以上で自動車を利用できない生活者は全65歳以上人口の24.6%を占めるといいます。買物難民対策はまったなしの状況にあるのです。
変わらないため変わり続ける
話はさかのぼって2016年5月。出張明けで溜まっていたメールの中に、住友さんからのものを見つけたときのことです。とくし丸が食品宅配大手のオイシックス(現オイシックス・ラ・大地)の子会社となるといいます。「どうして?」という疑問を持ちつつ、彼からのメッセージを読むと、飛び込んできたのが「変わるもの。変わるべきもの。変えてはいけないもの。」というフレーズでした。
「変わるもの」とは、時代や周辺環境。買い物難民は増え続ける一方、地域の暮らしを支えるスーパーは苦境に立たされています。「変えるべきもの」とは、時代や周辺環境に応じた組織と仕組み。変化する時代や周辺環境に呑み込まれることなく事業を成長させていくために、変えるべきと彼が決断したのは「事業の成長過程に合わせた組織のあり方」でした。
何のために? 言うまでもなく「変えてはいけないもの」のためであり、それは「創業の精神だ」と住友さんはいいます。
冷蔵庫付きの軽トラック「とくし丸」に積み込まれるのは、生鮮食品や加工食品、日用雑貨などスーパーに並んでいる400品目1200点。とくし丸はその地域のスーパーと契約し、移動スーパーのノウハウやブランドなどを提供します。
商品を届けるのは個人事業主である「販売パートナー」です。販売パートナーが車両を購入し、スーパーと販売委託契約を結びます。週に2回決まったコースを巡回し、顧客の自宅などを訪問していきます。とくし丸は顧客開拓や売れ筋商品の情報提供などで販売パートナーをサポートします。買い物客、スーパー、販売パートナーの三方よしを実現する仕組みがそこにはあります。
目先の利益より志の実現を目指す
この6月、久しぶりに住友さんから便りが届きました。稼働台数1000台突破の知らせでした。およそ10年で、とくし丸は47都道府県に展開、4桁の販売パートナー一人ひとりが地域の暮らしを支えるまでになりました。
その中の一人、水口美穂さんは自著『ねてもさめてもとくし丸 移動スーパーここにあり』で、毎日触れ合うお客様を「財産」と記しています。
〈もし、私がとくし丸をしていなかったら、 普通に道ですれ違うだけだった人たち。ふれあうことも、会話することさえもなかった人たち。 そう思ったら、お客様はみんな、この仕事をしているからこその「おかげさま」。人生、人とどれだけ知り会えるか。人とどれだけ関わりが持てるか。(中略)出会いに、そしてつながりに、感謝感謝です。〉
この一文を読んだとき思い出したのが、初めての取材で住友さんが語っていた「目先の利益にとらわれず、地域が豊かになる仕組みをつくりたい」という言葉でした。水口さんのような思いを持つ商人が1000人を超えた今、地域は確実に豊かさを増しています。
しかし、「まだまだ足りない」と住友さんは言います。産みの親は、とくし丸のさらなる進化を見据えています。