笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

豪雪地帯として知られる新潟県妙高市にあるジーンズショップ「マルニ新井本店」の名物商品は、純国産のオリジナルジーンズ。2万5000円以上と、海外著名ブランドの2倍以上、ファストカジュアルチェーン商品の4倍以上ながら、ここにしかないデニムを求めて、全国から多くのジーンズ愛好家が来店します。

 

同店の一番人気は、戦国時代に越後を治めた名大名、上杉謙信が崇拝した勝運と財運の武神、毘沙門天の「毘」の字が刻印された革製のバックラベルが印象的な「毘沙門天ジーンズ」。バックポケットには刀をモチーフにしたステッチを施されています。

 

天然藍ロープ染色を経糸に施したオリジナル素材を旧式の力織機で丁寧に織り上げ、縫製はヴィンテージミシンを使用して熟練した職人が縫い上げた逸品。リベットもドットボタンもすべてオリジナル製というこだわりぶりです。

 

 

同社がオリジナルジーンズを初めて発売したのは1996年。きっかけはさかのぼること1990年、早世した父の跡を継いだ若き店主、西脇謙吾さんがジーンズの本場アメリカへジーンズメーカーの工場を見学に行ったときのことでした。

 

本場のものづくりに憧れていたものの、そこでは品質向上よりも生産効率を重視した製造ラインで大量生産が行われ、工場では安い賃金でメキシコ系移民が働かされていました。それまで憧れだったアメリカブランドに失望した瞬間でした。

 

帰国した西脇さんはさっそく日本のジーンズメーカーの先駆け、大石貿易の門を叩くものの、地方で小さなジーンズショップを営む20歳そこそこの新米経営者の提案など門前払い。それでも諦めることなく交渉を続けた情熱が受け入れられ、大石貿易を動かしたのは5年後のことでした。

 

西脇さんがめざすオリジナルジーンズは、ブランド名だけが自社仕様で、生産はメーカーに一任するといったありきたりなものではありません。自らデザイン、アイデア、仕様を練り、生地からボタンなど資材すべてで自社製のものを使い、糸染めの回数、染液の濃度から織りもクラシック織機にこだわるなど、すべてを西脇さん自身がプロデュースしたのです。こだわりの強さゆえ、製造工程には手間と時間を要することは言うまでもありません。

 

試作と変更の繰り返しの末に誕生したファーストモデル「マルニジーンズ」の価格を、トップブランドであるリーバイスの501(8900円)よりも高い9800円に設定。マルニジーンズがつくり手のこだわりだけを詰め込んだ、単に高品質・高価格な商品であったならば、後の物語はみじめなものに終わっていたでしょう。

 

しかし、この小さな無名店のオリジナル商品開発がファッション雑誌で紹介されると、そのジーンズ好きを魅了する他にない付加価値ゆえに、全国から現金書留による注文が殺到したのです。たちまち初回生産分が売り切れ、店の主力商品へと成長していきました。こだわりについて西脇さんは語ります。

 

「店がお客様のためにあるのと同じように、商品へのこだわりもお客様のためにあるのです。自社商品に対して向けられるものではなく、お客様が求めているものを知り、具現化したものがこだわりとなるのです。そのために、私たちはお客様を知る努力を重ねなければなりません」

 

こうした顧客目線でつくられた商品には、つくり手と売り手の共同作業によって育まれた価値が宿ります。それを適切にお客様に伝えたとき、お客様はその商品が持つ物語性に魅了され、それを誰かに伝えずにはいられなくなるのです。

 

 

この店ならでは、この土地ならではの付加価値はこれだけではありません。同店ではジーンズを、豪雪地帯である妙高の雪解け水に漬け込んで水洗いを施し、1本1本天日干しで仕上げていきます。こうすることで普通に洗濯するよりもジーンズの糊がよくとれ、天日干しで仕上げたときに生地の風合いがさらによくなると言います。

 

「もともと藍染めをする地域では鉄分を多く含んでいる水を使っています。この土地にも鉄分を含んだ水が地下水としてとれますので、そういったこともすべて計算に入れて、水洗い、天日干しをして、妙高の空気を入れます。偽りなきものをお客様に提供する上で、妙高の大自然をそのまま取り込むことはできないけれど、風土に晒して風合いを増していくことでお客様の喜ぶ様子を想像して提供しています」

 

厳密に言えば、天然藍染めデニムのジーンズは同店だけのオリジナルではありません。他の地域にも同様の商品はあります。しかし、妙高の大自然を取り入れたものは同店のみの仕事です。とりわけ冬場、手を切るような冷水に漬けられた後、白い雪原に並べられた光景を他所で見ることはできないでしょう。

 

「信用とは、目に見えない商品そのものです。見えないものをつくり上げるのが商人の役割だと思います。ものは残りませんが、つくり上げた信用という価値はいつまでも残り続けます。だから“ものづくりバカ”にはけっしてなってはいけません。お客様の笑顔を想像した商品づくりや、仕入れをすることが重要なのです」

 

こう語る西脇さんが大切にしているのが、商売の永続性です。永続性とは信用の蓄積であり、信用とはお客様にとって本当にいいものを提供し続けることによってのみ育まれることをマルニの商いは証明しています。

 

story-rich product(物語性豊かな商品)を生み出す上で欠かせないポイントがここにあります。商売の目的は儲けることではありません。お客様のために永続していくことが目的であり、そのために儲けることが必要であり、利益がいるのです。現に同社では、仕入れ商品主体としていたときよりも、高い利益率を実現。次なる物語性豊かな商品をつくるための原資を生み出しています。

 

 

「本当に良いものをお客様に提供しなければいけない」

 

これは父である先代社長の遺言。1972年創業以来、二代にわたって守り続けられています。この教えを、さらに具体的な形にしてお客様に喜んでもらうのが西脇さんの生涯をかけたミッションなのです。

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笹井清範

笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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