商店街の活性化は個店の活性化が出発点であるべきです。どんなにハードを整備しても、どんなにイベントを開いても、そこに魅力ある店がなければ商店街は活性化しません。まちゼミや一店逸品運動は本質的に個店の魅力を高めることを目的にしており、結果として商店街なり地域がにぎわうのです。
愛知県春日井市、勝川駅前通商店街は、そうした個店を育む場として商店街を活かしました。名古屋市街へも数十分でアクセスする利便の良さから、およそ31万人の人口を擁するベッドタウンとして発展してきた勝川は、明治時代にJR勝川駅が開業以来、駅前を中心にさまざまな商店が集積し、100年以上ものあいだ地元の人々の暮しを支えてきた歴史を持っています。
2009年、商店街に一つの転機が訪れます。駅前の再開発が進められ、次々とマンションが建設され、まちには約400戸、人口にして1000人もの新たな住民が増えました。世帯の中心となるのは35~40歳のファミリー層で、高齢化が進んでいた地域の世代交代他進みました。併せて、医療を充実させ、スーパーを核にした商業施設も整備されました。
次第に街の様子が変わっていく中で、商店街の不動産が地元以外の資本に所有されることを危惧し、1995年に9人の商店主らが立ち上げたのが勝川商業開発です。「古くから商いを続けてきた店や民家は、我々にとってかけがえのないものであり、まちの財産です。商店街としての歴史と文化を守りたいと思いました」とは、同社代表取締役の水野隆さんは理由を語ります。
商店主の高齢化による競争力の低下や後継者がいないことから、商店街に空き店舗が増加していた状況を変えようと、商店街の活性化を目指した事業にも取り組みました。その一つが毎月1回、第3土曜日に、商店街の名前の由来にちなんだ「勝川弘法市」です。近隣から出店者を募り、飲食店をはじめ、占い、マッサージ、雑貨店やNPOらが物品を販売するなど、100ブース前後の店舗が集結するフリーマーケットを2003年より開催しています。
今では、商店街の名物行事として認知され、近隣から大勢の来街客が訪れ、商店街の認知度を高めることに貢献。そして、ここから商店街を担う新しい種が芽吹くこととなります。
一方で、増加する空き店舗の有効な活用方法を模索し続ける中、2013年6月に一つのプロジェクトが始動。それはかつて種屋を営んでいた空き店舗「加藤種苗店」を活用して、複数の業種を入居させるシェア店舗をオープンしようというもの。起業家シェアオフィス・店舗は「TANEYA」と名づけられました。もともとの店が種子や苗を販売していたという過去から、これから期待できる若き起業家を「種」と見立て、一つの業種に絞らずにシェアオフィスとして活用したのでした。
プロジェクトには大きな3つの主旨がります。一つは、若い起業家を育てること。もう一つは、彼らが自主的に情報を発信できること。そして、従来の補助金依存の商店街事業とは一線を画し、補助金ゼロの利益を出す民間事業で取り組むことでした。
「一般的な空き店舗対策として募集をすると、定年後の年配者が趣味の店を開きたいと言って応募することが多くあります。当プロジェクトでは、若い起業家を育てたいとの願いがあり、入居条件に、経営者の年齢を40歳までとしました。将来的には、商店街の他の空き店舗で商いができるような支援も視野に入れて取り組みました」(水野さん)
プロジェクトの舞台となる店「加藤種苗店」は、かつて商店街の中でも有名な店でした。「店を切り盛りしていた加藤さんのおばあちゃんを慕って、遠方からもお客さんが訪れるような店でした」と水野さん。しかし、店主が亡くなった後はその息子さんが管理をしながらも、店は閉められていたままの状態だったのです。
そこで、まず加藤さんと勝川商業開発との間で契約を締結し、地元学生を動員して7月に店舗内の整理を実施。築80年を数える2階建ての建物の風格はそのままに、傷んだ床を修繕した後、8月には入居者を募り、内覧会を実施。40人の参加者を迎えてプロジェクトの趣旨を説明しました。
9月半ばには賛同する5名が決定。各経営者との話し合いの中で、それぞれの経営状況に見合った賃料の設定が行われ、その賃料で2年以内に投資回収可能な金額の範囲で内装や改修が進められていきました。
結果、出店審査を経てTANEYAに入居したのは、ハンコ店、ヨガ教室、IT関連会社、カフェ、英会話教室の5業種。
「商店街の中にあるおかげで、お客様が安心されることを感じました。地域の中で商店街が長年培ってこられた信頼感には、大きな力があります。店を始める上で、とてもありがたかったです」と話すのは入居者の一人で、「のらっこアセット英会話」の河野明子さん。
「以前に開業した場所では、集客ができず悩んでいました。しかし、ここに来てからはそれまでの苦労が嘘のようになくなりました。さらに、経営資金や知識が少ない私にとって、入居している皆さんといろんなことを相談できることは心強かったです。その上、お客様を紹介していただくなど、力を貸していただいています」と商店街での起業の魅力を語っています。
TANEYAの特徴の一つ、入居者どうしが連携する効用について、入居店「カフェ百時(ももとき)」の代表、伊佐治素美さんはこう語ります。
「ハンコ屋さんから受けたイメージを、カフェの新メニューに加えました。そこから、お客様とのコミュ二ケーションが生まれるきっかけにもなっています。その他、ヨガ教室とのコラボ企画で、健康的なメニューを提供するなど、一人では発想し得なかった新たな取り組みも挑戦できました」
人気商品はふるさと納税の返礼品にも選ばれているチーズケーキ。定番のニューヨークチーズケーキからパンプキン、パルミジャーノ黒胡椒、ダークスウィートチェリーなど11種類を店内で楽しむのもいいし、贈り物としても喜ばれています。
「お腹が空いた時、珈琲で一息つきたい時、お友だちとおしゃべりがしたい時、勉強に集中したい時、真っ直ぐ帰りたくなくて寄り道したい時と、カフェの扉を開ける扉を開ける理由は人それぞれです。どんな気持ちの時も思い出して、ここへ来てホッとしていただけたら嬉しく思います」と伊佐治さん。この思いのとおり、地域に暮らす老若男女のサードプレイスとして愛されています。
こうした状況を見守っているのが、商店街にある古参の経営者たちです。
「皆さん、情報に関してのアンテナが高いと感じています。それが、古くからここで商いをする私たちにとっても、時代の新たな潮流として学ぶべき点でもあります。私たちにできることは、商店街が持っている信用を付加すること。勝川駅前の通り沿いという誰もが知り、人が通り過ぎる中心性のある場所で商売をすることは、自宅住所で商売するよりも確実に営業につなげられる」と水野さんは言う。
かつての繁盛店が、時代の変換を経て空き店舗になり、今また起業者がシェアして、新たな店へと新生。商店街が築いてきたお客様との信頼関係というバックボーンに支えられながら、同じ空間の中で助け合い、刺激し合いながら、TANEYAの若き経営者たちは成長していきました。それが今では、商店街を新たな時代へと導く力となり、魅力ある「強い店」として生活者に必要とされています。
もともと加藤種苗店が種子や苗を販売していたという過去から、これから期待できる若き起業家を「種」と見立て、一つの業種に絞らずに「起業者向けシェアオフィス」として復活したTANEYA。入居者の中からは実際に、たとえば前述の「のらっこアセット英会話」は事業を拡大、同じく水野さんが代表取締役を務めるエリアマネジメント会社が開発運営する商店街内の商業施設「ままま勝川」へ移転を果たしました。まさに種から苗へと成長していった例のひとつです。
2016年2月に誕生した「ままま勝川」には子育て世帯を主なターゲットに据えた9店舗が入居。再開発エリアと昔ながらの商店街、お年寄りと若い家族層といった異なるものや人が一つの「間(ま)」に集まり、つながろうという思いを込めて「ままま」と名づけられました。
「生活者、事業者、多くの人とって魅力ある勝川をつくり出せるよう頑張っていきたい」と水野さん。事業者の高齢化、必要業種の欠落、後継者難、店舗の老朽化、来街者の減少など、衰退の要因はいくつも挙げられます。しかし、街の暮らしを守る覚悟を持てば、今ある資源だけでもやれることはあることを教えてくれました。