笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

「この店には未来がない」とは、辞表を突き付けた従業員の捨て台詞。

「この店、何屋かわからない」とは、店を出ていこうとするお客様のひと言。

 

そんなことが続き、途方に暮れていたある日、彼いわく「割烹着を着た神様」が訪れます。彼とは、日本有数の料理用品の街、かっぱ橋道具街の中でも、深い品揃えと圧倒的な専門性で人気の料理道具専門店「飯田屋」の6代目、飯田結太さん。「料理道具の聖地」と呼ばれ、多くの料理人・料理愛好家でにぎわう、ほんの少し前の物語です。

 

 

店に閑古鳥が鳴き続けていたある日、一人の料理人からおろし金を手に「いちばん柔らかい大根おろしが擦れるのはどれだい?」と訊ねられました。店も暇だったので飯田さんは大根を買いに走り、店で扱う3種類のおろし金を試してみました。

 

ところが、「なんだい、どれも柔らかくないよ!」と料理人。「おにいちゃん、ちょっと探してみてくれないか」と飯田さんに宿題をくれたのです。

 

飯田さんはさまざまなメーカーに問い合わせ、多くの商品を取り寄せて何本も大根をおろし、ようやく料理人の期待に応えられる品を見つけました。喜びつつも、「これじゃ売れるはずない」と飯田さんは気が重くなりました。それまで扱っていたおろし金は高くても1000円なのに、見つけたそれは5000円。お客様は1円でも安い品を求めていると思っていた飯田さんにとって、ありえない金額でした。

 

後日、料理人に恐る恐るその品で大根をおろしてもらうと、「そう、これ! これが欲しかったんだ!」と即決で購入。値引きを求められるどころか、感謝される経験をしました。「お客様は本当に欲しいものに出会えれば、値段は二の次だと知りました。つくり手と使い手の間にいる私たち繋ぎ手の役割は、そんな出会いの演出にあるんです」と飯田さん。

 

 

一人のお客様との出会いが、彼の商いを大きく変えた“そのとき”でした。現在、飯田屋にはさまざまなニーズに応えられるように260種類を超える大根おろしが揃えられ、オリジナル商品「エバーおろし」は他店にはない逸品として人気です。

 

プロの料理人も一般家庭の生活者にも喜んでもらおうと、扱い商品を料理道具に絞り込み、多様なニーズに応え続けた結果、品揃え数は8000品目を超えました。50坪という小ぶりな売場でこれほどの店頭在庫を揃える店は、かっぱ橋、いえ日本のどこにも例がありません。

 

たとえば、おいしさを左右する正確な計量に欠かせない玉杓子(レードル)は、1㏄単位で2000種類。これほどの品揃えの深さゆえ、飯田屋を訪れる年間およそ8万6000人のお客様のうち一人しか買わない品もあると言います。「かまいません。その一人が『やっと見つけた!』と喜んでくださる商品をどれだけ仕入れられるか、笑顔を生み出せる商品知識をどれだけ身につけられるかが私たちの商いです」と飯田さんは言います。

 

 

そんな飯田屋の中で、最も誇るべき商品は何でしょうか? その答えは新著売れる人がやっているたった四つの繁盛の法則』に譲りますが、ここではお奨めの副読本を紹介します。飯田さんが記した一冊『浅草かっぱ橋商店街リアル店舗の奇蹟』です。

 

 

継ぐつもりのなかった100年続く家業を継ぐことになった飯田さんは、多くの競合店がひしめくかっぱ橋で、自店の強みを見失って業績が低迷し続ける店を立て直そうと、さまざまなチャレンジをしました。安売りに走っては業績をさらに悪化させたり、好い会社をつくろうと福利厚生を従事させたのに、「あんたとは働きたくない」と、ほとんどの従業員が一斉退社するなど、しくじり続きの飯田さんを変えたのは何だったのでしょうか?

 

それが飯田さんいわく「3人の神様」との出会いでした。冒頭の割烹着を着た神様はその一人。こうして、自店の強み、やるべきこと、そして自身がやりたいことを見いだしながらつかんだのは、「大切なものを大切にする」というシンプルな常識と、「喜ばせ業」という事業の在り方でした。

 

『売れる人がやっているたった四つの繁盛の法則』の一つ、哲学・利点(philosophy)が固まったとき、飯田屋の商いは再生をはじめました。繁盛のタネは、競合他店の価格調査でもなく、業界の売れ筋情報でもなく、店を訪れるお客様が持っているのです。

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笹井清範

笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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