茶の間の呼び名がリビングへと変わったように、茶葉を急須で淹れていた日本茶がペットボトル飲料として飲まれるようになって久しくなります。総務省「家計調査」によると、茶飲料の一世帯当たり支出金額がリーフ茶を上回ったのは2007年。その差は7対3にまで広がり続け、リーフ茶消費量は同年比65%(676g)にまで減少。急須のある家庭は珍しくなりました。
また、リーフ茶の購入先も専門店からスーパーマーケットや通信販売へと移って久しくなります。商店街から茶舗は消えつつあります。
「私が社長になった2005年当時、この商店街には4軒のお茶屋さんがありましたが、コロナ禍のときに最後の1軒が店を畳みました」と語るのは、1932年創業の食品包装資材企画・製造・販売会社「吉村」の3代目、橋本久美子さん。同社は全国に8000社の取引先を持つ日本茶の茶袋のトップメーカーとして、日本茶の未来を創造するチャレンジを重ねています。
茶舗が滅びた街に
新規出店する理由
茶舗が消滅した商店街、戸越銀座(東京・品川区)に2022年11月、日本茶ショップ「茶雑菓-Chazakka-」を開業したのも、「日本茶需要創造企業」を標榜する同社の挑戦の一つです。店内には店名のとおり「茶」を基本に、気軽においしく日本茶を楽しめる茶器などの「雑」貨、日本茶に合う「菓」子が揃います。
加えて、同店の最大の特徴は“体験”にあります。店内のカウンターでは日本茶×フルーツ、日本茶×酒、日本茶×コーヒーなど日本茶の新たな可能性を提案するドリングが楽しめるばかりか、店内の茶器を試せる「貸切茶器体験会」やギフトラッピング体験、橋本さんによる経営サロン「くみこばあばの朝活茶ロン」、消しゴムハンコワークショップなどさまざまなイベントを開催しています。
「お茶業界はこれまで茶葉を売ろうとするばかりで、その前提として大切なお茶を買いたくなるインフラを整えてきませんでした。日本茶エントリーユーザーを増やさなければ、業界はもちろん、奈良時代から続く日本茶文化の未来もありません。茶雑菓は小さな店ですが、チャレンジの場所として多くのお茶屋さんに活用してほしいですね」と橋本さんは業界に呼びかけています。
そうした活用例の一つが同店の名物催事「今月のお茶屋さん」です。同社と取引のある全国の茶舗・製茶問屋が月替わりで出展し、試飲販売しながら商品の特徴と生産や製造の背景を来店客に語りかけています。
自社ECサイトを持つことを出展条件としているから、茶雑菓での一期一会が新たな顧客創造とのきっかけともなります。消費者のリアルな声を直接聞くことができ、新たなブランド誕生のきっかけを生むなど出展希望者は引きも切らないといいます。
過去の伝統を超え
未来の需要を創造
果敢に挑戦を続ける吉村を象徴する商品があります。2020年に発売された沈殿抽出式ティードリッパー「刻音(ときね)」です。およそ300年前に誕生以来、形状をほぼ変えることなく使われてきた急須を超える茶器の開発を目指し、構想約2年、500回以上の試作と数えきれない試飲を重ねました。
耐熱ガラスと半磁器からなり、著名プロダクトデザイナーによってデザインされたスタイリッシュな商品の特徴は「お茶本来のおいしさ誰でも簡単に引き出せる」「現代のライフスタイルに合う」「お茶を淹れることが楽しみになる」という日本茶の未来を切り開くもの。その価値を知ってもらおうと200軒のモニターに試してもらいましたが、業界の反応は当初、「邪道」「うちのお客さんには向かない」とつれないものでした。
そこで橋本さんはクラウドファンディングを通じて消費者に直接訴えかけます。すると、わずか3週間で799人のサポーターが名乗りを上げ、目標金額50万円をはるかに上回る700万円超の応援が集まりました。消費者は日本茶そのものを嫌いになったわけではないことがわかります。
「お茶はいいものと皆さん思っていらっしゃる。けれど、淹れるのが難しかったり、今日の生活様式になじみづらかったりするだけ。暮らしの中で日本茶を淹れて楽しむ、その最初の一歩を踏み出してもらうために挑戦を続けます」と橋本さん。
業界の過去に縛られず、顧客の望む未来を創る同社の挑戦は続いています。