笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

一念々々と重ねて一生なり

物価と賃金の高騰という喫緊の課題から、人口減少・少子高齢化、天候不順・環境問題といった地球規模の難題まで、多くのシンクタンクや経済評論家が提唱する2024年展望はじつにさまざま。どこに経営の軸足を置くべきかと迷うところですが、不変の事実があります。それは、誰もが必ず年齢を1歳重ねることであり、世に変化しないものはないということです。

「只今の一念より外はこれなく候。一念々々と重ねて一生なり」とは、佐賀藩の山本常朝が口述した武士道の書『葉隠』の一節。たった今、この一瞬の一念というもの以外には何もなく、この一念一念の積み重ねこそが一生といい、今このときを懸命に生きることが結果的に望ましい未来につながると説いています。この一年もまた、一瞬の一念の積み重ねにほかなりません。

 

地方商店街の小さな店が
なぜ世界企業になれたのか

 

「1枚1枚、毎日毎日、こつこつと作り続けてきた。そこには何の秘訣も、楽にいける近道もない。店舗が1店舗でも1万店舗でもやることは同じ。日本企業の生きる道はこうした真摯な精神しかありません」

葉隠の一節通じる考えに基づき事業に取り組む商人がいます。40年前に開業した「ユニクロ」は今日、日本をはじめ23の国と地域に2400店舗超を数えるまでに成長、直近の売上高は2兆7000億円を超えるファーストリテイリングの柳井正会長兼社長です。

 

 

同社は日本の小売業では売上高3位にランクインするばかりか、世界のアパレル製造小売業でもZARA(スペイン)、H&M(スウェーデン)に続く存在。今期は売上高3兆円を見込み、今後10年程度で10兆円にする目標を表明しています。

しかし、その航海はけっして順風満帆だったわけではではありません。「10回新しいことを始めれば9回は失敗する」と柳井氏自身が言うように、同社の歩みは挑戦と失敗の歴史でもあります。

地方商店街の紳士服店の家に生まれた柳井青年は大学を卒業すると、親の勧めでジャスコ(現イオン)に入社。しかし1年と続かず、父に呼び戻されて家業に入社。そんな彼の目にも家業の仕事の効率や従業員の態度の悪さが目につき、厳しく指導すると、7人中6人の従業員が辞めてしまったといいます。

なんとかしなければと柳井氏は、残った番頭とともに店と経営の現場・現物・現実のすべてと向き合い、試行錯誤を繰り返していきました。郊外店の多店舗化を進め、1998年の原宿出店とフリースブームにより全国区の地名度を得ますが、その後に業績低迷が訪れ、野菜販売の失敗、海外出店の挫折、若手経営者への権限移譲の不成功と、まさに柳井の著作『一勝九敗』を地で行く道のりでした。

そんな柳井氏を覚醒させ、常に支え続けた言葉があります。

 

一人の商人を覚醒させた
高純度の結晶のような言葉

 

「私が最も影響を受け、最も好きなこの言葉と出会ったのは、ユニクロ開業より前のことでした。若い頃、この言葉を唱えた倉本長治さんが主筆を務める雑誌『商業界』を読み、純度の高い結晶のような言葉を私はそこで見つけたのです」

店は客のためにある――。

「昭和の石田梅岩」「日本商業の父」と言われた経営指導者、倉本長治の言葉として、これまで多くの商人を導いてきた教えです。柳井氏は何を学んだのでしょうか。拙著『店は客のためにあり 店員とともに栄え 店主とともに滅びる』で、柳井氏はこう述べています。

 

 

「〈店は客のためにある〉とは、経営者の体裁を繕う美辞麗句でもなければ、耳に心地よいスローガンでもありません。経営のありとあらゆることを、これに徹する覚悟と実践を求める決意の言葉なのです。極めてシンプルな表現の内に、商いの原理原則のすべてが込められています。それなのに、多くの経営者が当たり前と軽く見て、ないがしろにしています」

そういう経営者ほど、仕事に戻った瞬間や厳しい局面に立たされたとき、「この言葉をすっかりと忘れ、自己都合の商売をしている」と柳井氏。「そうはなるまい――。駆け出しだった頃から、この思いが私の商売の原動力となりました」と振り返ります。

そんな同社の経営理念は「服を変え、常識を変え、世界を変えていく」。変わることの重要性について柳井氏は「世の中を変えたいのなら、自分が変わらなくてはならない。だから私たちは勇気をもって、今までの成功を捨ててきました。私たちは常に今の成功を捨てて、未来に向き合っていく集団でありたい。そのとき未来を示す羅針盤、それが〈店は客のためにある〉なのです」と語ります。

じつは、倉本の教えには続きがあります。

 

当代随一の経営者が掲げる
日本商業の父が遺した教え

 

柳井氏がそれを知ったのは株式上場して間もない1994年、かつての勤務先であるイオンの岡田卓也さんと「商業界」誌上で対談したときのこと。そのとき、「店は客のためにある」は「店員とともに栄える」と続き、「店主とともに滅びる」と締めくくられることを知ることとなったのでした。

最初の「店は客のためにある」とは商業の根本的な使命として、倉本が自身の思想の中心に置いたものです。使命とは、関わる人びとの暮らしを守り、社会文化の発展に役立つことにほかなりません。そうした営みがビジネスとして機能してはじめて使命を果たしているといえます。

次に「店は店員とともに栄える」というように、倉本は「店員は店主の分身である」といい、従業員とは「商いの正道を手を携えて歩む仲間」と説いています。単なる替えの利く作業員でも、損益計算書に計上されるコストでもありません。

では、最後の「店は店主とともに滅びる」に、倉本はどんな思想をこめたのでしょうか。それは彼の「真の商人であることが即ち、立派な人間ということだ」という商人観から汲み取れます。「商人である前に、人間であれ」と訴え、人間としての正しさ、愛情や誠実さこそ、商人に最も大切な素養であると説きました。それゆえ、店主が倫理観を失ったとき、そして変化に対応する革新性を失ったとき、店というものはあっけなく滅びるのだと倉本は戒めています。

「これら一連の言葉は、企業の在り方そのものを示しています。企業にとっていちばん大切な永続性の本質を、私はここに見たのでした。これまでに、この言葉に何回も励まされ、ああ、こういうことだったのかと気づかされたりしてきました」と柳井氏。

以来、彼の執務室の壁には「店は客のためにあり 店員とともに栄える」という言葉を掲げられ、胸の内には「店主とともに滅びる」という戒めを抱き続けています。

 

 

商売は永遠のものであり
より良き未来をつくるもの

 

以上、2024年の展望を主題として、柳井氏が大切にする教えを解説してきました。冒頭で柳井氏が「日本企業の生きる道」と表現した真摯な精神こそ、倉本の遺した「純度の高い結晶のような言葉」なのです。

私たちは弱く、わずかな風にも揺れ動く浮草のような存在です。ときに怠け、ときに我欲を張り、ときに意固地になって隘路に迷い込み、変化の渦に呑み込まれていきがちです。そんなとき、「店は客のためにあり、店員とともに栄え、店主とともに滅びる」という言葉を思い出し、自分自身の内面を見つめ、一念一念を繰り返してください。

そうした日々の積み重ねだけが、私たちをどんな疾風を受けても折れない勁草に育ててくれるでしょう。柳井氏はいまや日本を代表する経営者ですが、その歩みは商店街の小さな一店舗から始まったことを忘れてはなりません。

本年も商業を取り巻く環境は流動的かつ不透明でしょう。多様化・個別化する消費者ニーズはどこへ向かい、待ったなしの諸問題はどのような私たちの事業にどのような影響を及ぼすでしょうか。一つひとつの変化が私たちにも変化を求めてくるでしょう。

最後に、予測不可能な変化を乗り越え、事業を支えていく三つの心構えを紹介しましょう。それは、なんとしても「やりたい」という情熱であり、どうしても「やるべき」という使命感であり、そして「やれる」ための事業資源です。これら三つの「や」が揃ったとき、事業は強さを持ち、変化を乗り越えていけるでしょう。とりわけ前者二つの「や」が強ければ強いほど、三番目の「や」はおのずと整っていくことは柳井氏の道のりが証明しています。

 

倉本はこんな言葉も遺しています。

「商売は今日のものではない。永遠のもの、未来のものと考えていい。それでこそ、本当の商人なのである。人は今日よりもより良き未来に生きねばいけない」

めまぐるしく変わる社会や経済の中にあって、今日よりもより良き未来に生きいくために、わずかでも役に立つことができれば幸いです。

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笹井清範

笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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