笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

店はなぜ滅ぶのか?

2000年渋谷区道玄坂、2003年大田区蒲田、2006年千代田区九段北、2010年港区六本木、そして2017年江東区有明。世界有数のアパレル製造小売業ファーストリテイリングは成長の節々で本部を移転してきたが、変わらないものが二つある。一つは本社を創業の地である山口県に置き続けることであり、もう一つは柳井正会長兼CEOの執務室に掲げられた「店は客のためにあり 店員とともに栄える」と書かれた額だ。じつは、この一文は本来「店主とともに滅びる」と続いている。

 

正しさへのこだわりこそ原動力

 

情報製造小売業——。

 

2017年3月16日、ファーストリテイリングは2月から稼働した有明の新社屋Uniqlo City Tokyoで「有明プロジェクト」の取り組みを発表した。柳井正代表取締役会長兼CEOは、自社の事業をこれまでの製造小売業から「情報製造小売業(=Digital Consumer Retail Company)に変える」と宣言。従業員の働き方から産業構造まで、全社的にあらゆる改革を進めていくことを明言した。

 

具体的には「服を作る人と着る人の境をなくす」「一人ひとりに寄り添う」「次の世代に繋がるサステナブルな社会を作る」という3点の実現を目指す。これまでは全世界で10万人超の従業員が縦割りの構造で働いていたが、部門ごとにワンチームで連動し、かつダイレクトに世界中とつながっていく働き方に変えていく。

 

商品製造面では、作ったものを売るという従来のやり方から、情報プラットフォームをベースにAIなどテクノロジーを活用し、顧客の要望をリアルタイムに近い形で商品化に反映するなどサプライチェーンのスピード化を図る。それまで掲げてきた「Made For All」というコンセプトを、一人ひとりにジャストフィットする「Made For You」に変えるなど、事業のあらゆる面で「革命を起こす」と柳井会長はいう。

 

その根源には、柳井会長の「正しさへのこだわり」がある。同社の企業理念の価値観にも記された「正しさ」とは、多くの企業が当然としてきた自社のエゴの追求ではなく、一般市民に等しく通用する正しい考え方で経営するということだ。一片のごまかしもなく、長期的視点で顧客の生活の向上を目指すことだという。

 

新著『店は客のためにあり店員とともに栄え店主とともに滅びる』に寄せた解説で、柳井会長はこう記している。

 

 

「今まで『本当に良い服とは何か』を考え続け、それをつくりだし、世界中の人たちに喜んでほしくて、いろいろな面で『正しさ』というものにこだわりながら商売をしてきました。
どんな商売でも、何の努力もせずに楽に儲けられるものなどありません。とりわけ小売業は、店を開けていれば自動的に売れるような簡単なものではない。お客様に繰り返し店に来ていただけるように、完成された会社・ブランド・店・商品・社員に一歩でも二歩でも近づけるように地道な努力を継続することが必要です。だからこそその営みの根本には正しさが必要なのです」

 

柳井会長の執務室の額に書かれなかった「店主とともに滅びる」の真意とは、店主が正しさをないがしろにしたとき、企業はあっけなく滅びることを指摘したものだということがおわかりだろう。昨今の企業による不祥事が、それを如実に証明している。

 

「昭和の石田梅岩」「日本商業の父」と言われ、多くの商業者に「師」と慕われた経営指導者、倉本長治の思想は、「店は客のためにあり 店員とともに栄える」に、この一文を加えて完成する。柳井会長は「もちろん、自らの戒めとして常に心にとどめている」という。その表れの一つが「有明プロジェクト」なのである。

 

正しさと革新なき企業は滅びる

 

柳井会長が正しさにこだわるのは、「正しくなければ、商売をする意味がないから」という。なぜなら、「企業は社会の公器であり、お客様や社会に自分たちが提供できるもの、提供すべきものは何かを考えてこそ存続を許される」と柳井会長は明言する。

 

このとき、倉本長治の盟友であり、ともに経営指導に半生をかけた指導者、新保民八の次の言葉を思い出す。

 

 

正しきに
拠りて滅びる
店あらば
滅びてもよし

 

正しさこそ事業の事業を通じて実現すべき命題だと新保は指摘する。しかし、単に正しいだけでは企業の永続性は保証されず、過去に多くの企業が市場から消えていった。じつは、新保は次のように言葉を続けている。

 

古くして古きもの滅び
新しくして新しきものまた滅ぶ
古くして新しきもののみ
永遠にして不滅

 

「お客様のニーズは常に変わり続けています。とくに今からの変化はさらに激しいでしょう。いくら正しくても、現状に固執していては生き残ることはできません。しかし、いくら革新的であっても、古くからの原理原則をないがしろにする店も同様に滅びます。原理原則とは『店は客のためにある』ことです。唯一永遠不滅たりうるのは、原理原則に基づき革新を続ける企業だけです。これが新保さんの言わんとするところではないでしょうか。当社が目指すところもここにあります」(柳井会長)

 

話を「有明プロジェクト」に戻そう。目指す情報製造小売業の実現には、次の5つのコンセプトが必要と同社は説明する。

 

1. お客様一人ひとりとダイレクトにつながり、双方向の情報発信を可能にする顧客基盤
2. お客様の声を基に、お客様が求めるものを商品化し、商品を情報化
3. お客様が求めているものを、必要なタイミングで、必要な分だけ、作り・運び・販売
4. 一人ひとりのお客様に寄り添い、いつでもどこでも、便利で楽しい購買体験
5. 一元化された情報をもとに、お客様のために全社員が連動する働き方

 

つまり、情報製造小売業とは、商売を通して「お客様満足を追求する」「より良い社会を実現する」ことをより高いレベルで目指すための事業の在り方だ。そこには、倫理観に裏打ちされた正しさ、現状を否定し続ける革新性が欠かせない。それらを失ったとき、店は「店主とともに滅びる」ことを柳井会長は常に心にとどめ経営にあたっている。

 

倉本長治は、こんな言葉も遺している。

 

 

商売は今日のものではない。
永遠のもの
未来のものと考えていい。
それでこそ、
本当の商人なのである。
人は今日よりも
より良き未来に生きねばいけない。

 

商いとは永遠ものの、未来のものという倉本の言葉に、柳井会長が目指す「より良い社会の実現」との一致が見られる。唯一の「座右の銘」として、倉本長治の教えを掲げる柳井会長が目指すのも「今日よりもより良き未来」なのである。

 

淡々とした言葉に込められた商いの真理

 

話をさらに過去へと戻そう。

 

1984年、柳井氏は父の後を受けファーストリテイリングの前身、小郡商事の社長に就任。「ユニークな衣料 (clothes) 」というコンセプトから「ユニーク・クロージング・ウエアハウス(Unique Clothing Warehouse)」という店名で同年6月、広島市に第一号店を開店する際のことである。

 

 

「本屋で雑誌を買うように、ファッションを気軽に買える店」として「どこよりも早く、 大量に販売する」とは、当時35歳の柳井青年が一枚の手書きの企画書に記したコンセプト。今では国内外に2400店舗以上を展開するユニクロは、こうした店主の志から生まれた。

 

「10回新しいことを始めれば9回は失敗する」というとおり、柳井氏は挑戦を続け、失 敗に学ぶ道を歩み続けた。「頭の良いと言われる人間に限って、計画や勉強ばかり熱心で、 結局何も実行しない」という彼の言葉を、われわれは自問しなければならない。

 

「ロマンを持たなければ商人ではない。勇気がなければ商人ではない。挑戦できなければ商人ではない。忍耐がなければ商人ではない。そして、変化に対応できなければ商人ではない」と倉本長治は言っている。

 

また、「生き残る種とはもっとも強いものではない。もっとも知的なものでもない。それは変化にもっともよく適応したものである」とは、種の形成理論を唱えたイギリスの自然科学者、チャールズ・ダーウィンの言葉である。

 

そして、「あなたが何かを成し遂げたいのならば、必ず手段を見いだせる」と倉本長治は言う。「あなた自身の幸せは、それを成し遂げる過程にある」と。

 

店主とともに滅びる——それはまた、経営者がロマン、勇気、挑戦心、忍耐、そして変化対応力を失うことを戒めている。「人生でいちばん悔いが残るのは、挑戦しなかったこと」という柳井会長の言葉は、彼が誰よりも「店主とともに滅びる」ことの恐ろしさを自覚していることを示している。

 

店は客のためにあり
店員とともに栄え
店主とともに滅びる

 

倉本長治の遺した、この純度の高い結晶なような言葉こそ、地方商店街の小さな紳士服店が世界企業に成長していく上で欠かせない羅針盤となった。本書の解説で「この淡々とした言葉の中にこそ、商いの真理があります」と綴っていることがそれを物語っている。

 

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笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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