昔、小売業のど素人が始めた店がありました。それは1979年、店主30歳のときのこと。店の名前は「泥棒市場」といいました。狭い間口に掲げた看板には4文字程度しか表示できないことから名づけられたといいます。
以来、「死に物狂いでお客さまと対峙した」店主。一人でやっている店だから、陳列補充は閉店後。明かりをつけて作業をしていると、お客さんが「助かった! まだ、やっていますか!」と続々と入ってきます。そんなやりとりから「ナイトマーケット」という新しい市場が生まれました。
小さな店だから、売場は陳列在庫でギュウギュウ。仕方がないから、陳列を創意工夫せざるを得ません。いかに限られたスペースに、多くの在庫を魅力的に陳列するかという試行錯誤から、その店ならではの「圧縮陳列」が生まれました。
そうしたせっかくのノウハウを販売員に教えようにも、店主も大忙し。しかも、教えてもなかなか実践できません。それゆえ、現場担当者に裁量を委ね、成果と責任を分配。今では同社最大の強みである人財を育てる「権限移譲」の始まりです。
そんなハチャメチャな店だから、チェーンストア理論の教科書に書いたような多店舗化とは無縁。それに加えて、それでは同社の強みは発揮できません。しかも、店主は自分の失敗と成功から得た学びを大切にする人。「アンチ・チェーンストア」の企業経営の原点です。
いま、この店はどうなったでしょうか?
なんと同社の2023年6月期業績は、売上高1兆9,368億円(前期比+1,055億円/+5.8%)、営業利益1,053億円(同+166億円/+18.7%)、当期純利益662億円(同+42億円/+6.8%)と34期連続増収増益を達成。
日本には3500社を超える株式公開企業があります。その中でも、3本の指に入る業績を挙げています。同社の理念は「顧客最優先主義」。あうる意味、それを愚直に追求してきたのが同社です。
商人の誠実さは繫盛で証明され、商人の知恵の深さはその利益で測定されます。誠実さと深い智恵を持つ同社の始まりは小さな店でした。
そんな稀有な店を生み出し、育んできた情熱商人がいます。商人の名は安田隆夫。店の名は「ドン・キホーテ」。企業名をパン・パシフィック・インターナショナルホールディングスといいます。
安田隆夫さんという頂点。独立自尊の気概を持つ売場担当者という現場。ピラミッドは一つ一つの石積みと、それを押さえる頂点の石から成り立ちます。同社もそう。その両方があるから成り立ちます。
私が最も信頼を置く流通ジャーナリスト、月泉博さんによる『情熱商人 ドン・キホーテの革命的小売経営論』。私にとって思い出深く大切な一冊です。