笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

「特にうちは電器店ですので、立ち位置を完全に見失っていました。量販店に行けば商品は何でもそろっている。欲しい商品がわかっているなら、ネットで買うほうが便利で安い。私たちの店、もう要らないのではないの? 本当にそう思っていました」

 

こう振り返るのは、青森市新町商店街で「電器屋IKO」を営む伊香佳子さん。店がお客様に自信を持ってお勧めできる商品、すなわち「逸品」を扱うことで店の活性化を図る「一店逸品運動」に同商店街が取り組み始めたのは2002年のことでした。20周年を迎える「しんまちの逸品」、それは店主の自己変革の歴史でした。

 

お客様にとって必要な店に

 

 

同商店街は、これまでさまざまな商店街活性化事業に取り組み、ハード面での対策は進んでいました。しかし、そこにあるそれぞれの店に買いたい商品があり、行きたいところでなくては商店街活性化にはなりません。

 

店がお客様にとって必要とされる存在となる。一店逸品運動とは、店主の思い込みや押しつけではなく、逸品を通じてお客様に選ばれる店になっていくための活動です。

 

一店主として参加した伊香さんが考えに考え、絞り出した逸品が「圧力沸騰炊飯ジャー」でした。炊き上がりのごはんのおいしさが寿司店からも絶賛という評判の品で、価格はかなりの高額商品でしたが、他にはない特徴を持っていました。選び抜いた逸品ゆえ、その価値を、自信を持ってお客様にお薦めできたことから予想を超えるヒット商品となったのです。

 

「そうした商品は量販店にもあるし、ネット通販でも扱われている」とあなたは言うかもしれません。しかし、逸品には店主のこだわりや、お客様に伝えたい思いがあります。「逸品の後ろには店主の顔が見えるんです」と伊香さん。その思いが専門店としての価値として、お客様に伝わるのです。

 

それまでのIKOの営業スタイルは高額商品の外販が主体で、店頭で売れるのは電球など小物商品ばかりでした。店のあり方を見失っていた伊香さんでしたが、この成功は専門店としての存在意義に希望が見えた体験でした。

 

外販主体で在庫置き場のような店が、これをきっかけにお客様が買いやすく、訪れやすい店へと変わっていきました。一つの逸品が売場を変え、店を変え、何より店主の意識を変えていったのです。

 

商いの原点への回帰

 

 

2011年3月11日、東日本大震災が発生すると、伊香さんの店にも懐中電灯やラジオ、電池を求める人が殺到しました。在庫はすぐに尽きましたが、来店客は後を絶ちません。「皆さん必死の思いで来店される。地域店として、それに応える方法は本当にないのか」と考えたのです。

 

そのとき、長年の逸品運動で身についた習慣が状況打開の突破口となりました。それは、お客様のためにとことん「考える」という習慣です。毎年新たな逸品を選ぶのは簡単なことではありませんでしたが、仕入れをはじめ、さまざまな可能性を考える訓練になっていたのでした。

 

懐中電灯や石油ストーブの点火など肝心な場所で用いられる単1電池は、普段あまり使わないだけにいったん在庫がなくなるとなかなか再入荷できません。通常のルートが駄目なら、他のルートは本当にないのかと、伊香さんは電池を使っているものを考えました。

 

「壁掛け時計だ!」

 

IKOは創業90年を超える老舗。古い取引先の中には時計問屋があることを思い出し、連絡をとってみると在庫があり、譲ってもらうことができたのです。

 

「(電池を)お渡しできたときのお客様の喜びようは、想像以上のものでした。震災のショックに加え、たった2個の電池のためにあちこち歩き回り、断られ続け、心身疲れ果てていたのですよね」

 

この経験により伊香さんは、まちの電器店としての存在意義に自信を取り戻していったのです。以来10年以上が経ちましたが、IKOは頼れる店として、伊香さんは暮らしに明かりを灯してくれる存在として繁盛しています。

 

本当に役に立つ商品、本当に求められる商品を探し出し、顧客に提案する。それは商いのそもそもの役割です。専門店としての目利きを発揮できれば、お客様の店への信頼はさらに増します。それは商人その人への信頼でもあります。

 

一店逸品運動とは、商いの原点に立ち返る運動にほかなりません。そして、そうした店が増えることが本当の商店街活性化につながります。本気でやり続けていけば、その成果は計り知れないことを教えてくれました。しんまちの一店逸品運動については、こちらの動画もぜひご覧ください。

 

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笹井清範

笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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