笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

「小売の輪」という言葉をご存じでしょうか。アメリカの経済学者、マルコム・マクネアが提唱した小売業態の進化を説明する理論で、低価格・低コストがその原動力となるというものです。たしかに、価格はいつの時代も商人・消費者双方にとって無視できません。

 

しかし、他社がそうしているからと追従的に値下げをしたり、値上げをしたりするのは自滅を招くだけです。ビジネスモデルを根本から見直すことで新価格を打ち出す方法もあれば、低価格に勝る付加価値で顧客に支持を得る方法もあります。そのとき、何より大切なのは、何をもって自店はお客様の役に立つかという経営者の「覚悟」です。

 

東京・町田市、大手家電量販店がひしめく超激戦地で、売上至上主義から荒利本位主義へと転換を図り、高収益を実現する地域家電店があります。1965年創業、かゆいところに手が届くサービスで知られる「ライフテクト ヤマグチ(旧・でんかのヤマグチ)」に、価格への覚悟を取材したときのことです。

 

他店より高くてもお客様納得の理由

 

 

大手家電量販店との安値競争に背を向け、顧客にとことん尽くすワン・トゥ・ワンのサービスで「高売り」戦略を貫くヤマグチは、密度の濃い顧客サービスが売りです。他社は安さを売り物にしていますが、ヤマグチは他社の価格を気にしません。

 

事実、ハイビジョンテレビで比較したところ、同社の商品は周辺の量販店に比べて2~3割は高いのです。粗利益率は、大手家電量販店が20%、一般的な街の電器店でも30%のところ、同社は35%。会社を維持していくのに必要な荒利を確保できる価格設定を貫いています。

 

この高価格をお客様が納得する理由はどこにあるのでしょうか。

 

「うちのお客様は値段でうちの商品を判断しません。うちの存在がなくなると困るから、よそより高くても買ってくださいます。それには、お客様に日頃からとことん尽くすという前提があります」とは、同社の山口勉社長。

 

たとえば、冷蔵庫が壊れたといえば、すぐに“トンデ行く”のは当たり前。それだけではなく、冷蔵庫の中身の保冷のために氷まで持っていくのが同社の常。夫婦二人の家庭が旅行に行くとなれば、留守の間、庭木に水をやったり、ペットの餌や散歩の面倒をみたりしてあげるのも当たり前。大掃除でたんすを動かすとなれば、喜んで手伝いに行きます。

 

「お客様は困ったときに、気軽にうちに電話してきてくれます。そういう地域のお客様とのつながりを最も大切にしています」と山口さんは、日ごろの商いを語ります。「お客様のかゆいところに手が届くこと」とは同社のモットーの一つですが、さらにお客様がかゆくなる前に手が届く徹底したサービスが価格に踊らされない顧客を創造しているのです。

 

まちの小売店が生き残るためには、「地域に溶け込むことが大切」と山口さんは言います。そのため、お客様が困っていることを、自分ができる範囲で徹底的にやらせてもらうことにより地域顧客の深耕するのが同社の商い。金鉱掘りのようにあっちこっち掘っていくのではなく、「井戸掘り」のように信じる道を深くまっすぐに掘っています。そうしたブレのない経営姿勢の継続がヤマグチの強さの秘密です。

 

適正利潤は愛と真実から生まれる

 

 

商業界創始者、倉本長治の教訓をまとめた「商売十訓」の一つに「愛と真実で適正利潤を確保せよ」という文言があります。正しい利潤は、お客様に対して愛情を尽くすことによって初めて堂々と手にすることができ、常にその姿勢を保ち続けるのが真実を尽くすことであり、商人の責務だと倉本は説きました。お客様のためにとことん尽くすヤマグチの商いは、まさに愛と真実に裏打ちされています。

 

価格、すなわち値決めは経営の本質と言えるものです。そして、そこに“愛と真実”を込めたとき、自社の価格は初めてお客様に納得していただけます。値上げをするとき、わが店の“愛と真実”をどのようにお客様に伝えていくべきでしょうか。いま、問われているのは、その覚悟なのです。

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笹井清範

笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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