山陽新幹線・福山駅から自動車で30分、丁寧につくられる家具と味噌で知られる広島・府中には、もう一つ名物があります。商店街や共同店舗のそれぞれの店が切磋琢磨して、お客様に自信を持ってお奨めする商品をつくり、または選び、それを積極的に展開していく個店活性化事業「一店逸品運動」。その全国コンテストでグランプリを獲得した鶏肉そぼろ「にく佃煮(にくだにぃ)」です。
逸品を育む仲間の存在
この逸品を生み出したのは、府中で70年以上にわたり新鮮な鶏肉を商う「朝挽き鶏中林商店」の中林正男さん・八栄さんご夫妻。噛めば噛むほど旨味の増す親鶏を原材料に、親戚の叔母さんがつくってくれる絶品のいかなごのくぎ煮の味を受け継ぎ、試行錯誤を繰り返して完成した逸品です。
にく佃煮は、中林さんが逸品づくりに取り組んで二つ目の商品です。最初の逸品「きら★カツ」は、同店の強みである新鮮な広島県産朝引きハーブ鶏に生パン粉をまとわせて揚げたカツ。できたてを食べてほしいという思いから、電話注文を受けてからつくる手間をかけています。
一店逸品運動の真価は、共に逸品づくりに取り組む仲間たちと一年をかけて意見を交わし、逸品を練り上げていく点にあります。中林さんと共に歩むのは、府中の商人たちで組織する「府中まちなか繁盛隊」の仲間たちです。
その代表を務め、メンバーを導き励ます高橋仏壇店の高橋良昌さん、中林さんを繁盛隊に誘った洋菓子店「パティスリーパンセ」の稗田由子さんなど、心強い仲間の存在を忘れることはできません。じつは稗田さん自身も、できたてを楽しめる体験型スイーツ「クッキーシューパック」で逸品グランプリを獲得している皆のお手本となる存在です。
また、そうした商業者の活動を裏方として支える支援組織の存在も欠かせません。府中商工会議所の有永篤さんは、府中まちなか繁盛隊発足の初期から関わる頼もしい存在。商業者と一緒に汗をかく――これこそ支援者のあるべき姿でしょう。
そんな仲間の一人が言った「冷めてもおいしいものを」というひと言が、にく佃煮誕生の大きなヒントになりました。日々の商いや暮らしの中でいつも、どんなお客様に、どんな喜びを届けたいかを考えているからこそ、何気ないひと言が商品開発の大きなヒントになるのでしょう。
商品開発の王道
にく佃煮の人気も手伝い、にぎわう同店ですが、これまで平坦で順調な道ばかりを歩んできたわけではありません。2005年に起こった鳥インフルエンザ騒動の影響で売上は激減。廃業を覚悟して取り組んだ朝引き鶏の取り扱いにより、業績が回復するまで苦しい時期も経験してきました。
「主人と何年もしんどい時期を乗りきっての、このグランプリは本当に私たち二人にとっては言葉では言い表せないほどのものでした。この今の気持ちを忘れず、これからも主人と前を向いて頑張っていこうと思います」(八栄さん)
そんな開発秘話を持つにく佃煮ですが、お客様の一部から「味つけが甘すぎる」と言われることがあるといいます。しかし、中林さんご夫妻は味つけを変えようとはしません。そこには、こんな理由があります。
「育ち盛りの子どもさんたちに、もう一膳ご飯を食べていただきたいから、子どもさんの好む味つけにしました。子どもさんの『お代わり!』という元気な声が聞ける食卓を、この逸品で増やしていけたらという思いを込めています」
商品を通じて、誰に、どのような喜びを届けるか――この商品開発の王道を行く逸品には、中林さんご夫妻の真面目でひたむきな人柄が込められています。