SDGs(Sustainable Development Goals=持続可能な開発目標)という言葉が広く知られるようになって久しくなります。2015年に国連総会で採択された、「貧困をなくそう」「飢餓をゼロに」「つくる責任 つかう責任」といった持続可能な開発のための17の国際目標であり、達成年として2030年までの期限を掲げています。
日本は産業革命以降、国策として人口増加に取り組み、そこでの経済活動は大量生産・大量流通・大量消費を前提としてきました。成長社会における大量消費は前提として大量廃棄を伴ってきましたが、人口減少と成熟社会を迎えた今日、自分の都合だけを優先させた商売はもはや許されません。
商いはそもそも自分だけでは成立しません。お客様はもちろん、商品の作り手など取引先、さらには商品の原料を生み出す自然環境あってこそ成り立ちます。人口減少、経済の成熟化、持続可能な発展への不安など漠然とした将来への不安が私たちを覆っているからこそ、誰のおかげで商売ができているかを自覚し、ともに成立するしくみを構築しなければならないのです。
「うちが何かしたくらいじゃ、何も変わらない」
これは、行動しない人が必ず口にする台詞でsy。その人は、お客様がこうした言い訳に飽き飽きしていることに気づいていません。
商売の本当の醍醐味は、商品・サービスを売るところにはありません。あなた大切にする価値観が込められた商品・サービスを買い続けてくれるお客様を育てるところにあるのです。
商売ができるのは誰のおかげか?
広告の在り方が変わっています。これまでの特売セールを真ん中に据えた価格訴求型のチラシでは、誰の気持ちも動かしません。広告とは本来、お客様への真心を込めたラブレターであるべきです。
単に安さを打ち出す広告には、安さを求めるお客様しか集まりません。そして、そうしたお客様は、他にもっと安さを打ち出す店があれば、さっさとあなたの店からいなくなります。あなたは、そうしたお客様と付き合いしたいでしょうか。
これは、一枚のチラシにまつわる物語です。舞台は兵庫県内を中心に8店舗を展開するスーパーマーケット「ヤマダストアー」では2018年1月、「もうやめにしよう」と始まるチラシを打ったときの話です。
「売上至上主義、成長しなきゃ企業じゃない。そうかもしれないけれど、何か最近違和感を感じます。」とチラシの文章は続き、同社の山田和弘社長は次のように訴えかけています。
〈昨年あちこちで大量に廃棄された恵方巻がSNSで話題になりましたが、そりゃそうです。のばせのばせ、ふやせふやせの店舗数と恵方巻の大量生産で数は膨れ上がり続けています。食材を原価だけで考えてるからそんなことになるんやと思う。水も土も海産資源も地球が無料で私たちに与えてくれています。スーパーの現場で働くと、どんな偉い学者さんじゃなくても分かります。ヤマダの鮮魚従業員も「海産資源は絶対減ってる」って言ってます。だから大事にしたいんです。〉
「もうやめにしよう」の真意
「今年は全店、昨年実績で作ります」
これが、同社がチラシでお客様に告げた約束でした。「売れ行きに応じて数を増やすことを今年は致しませんので、欠品の場合はご容赦くださいませ」と、多くの競合店とは異なる方針を打ち出したのです。
このチラシは、地元はもちろん全国の消費者から賞賛と応援を受けたにとどまらず、多くの同業他店からも共感の声が寄せられました。誰もが加熱する恵方巻商戦に疑問を持ち、うすうす「このままではけない」と思っていたけれど、誰もこのチキンレースのような愚行から降りられなかったことがわかります。
後日、同社では反響に応え、ホームページにこう記しています。
「全国の消費者の方、同業の方、応援メッセージ本当にありがとうございます。革命は常に下から起きる――新しい社会への提案は既存システムの恩恵が少ない私たちのような地方中小企業にこそ使命があると思っております。私たちはこれからも姫路から社会をよりよく変えていきます」
さて、結果はどうだったのでしょうか。
店舗中5店舗では定価で完売し、1店舗は割引を実施して完売。2店舗では若干数とはいえ廃棄が出たものの、前年と比べれば廃棄ロスを大幅に減らしました。
経営的には前年より付加価値が高く、より利幅のとれる恵方巻を販売し、お客様にも自社にとっても満足と利益をもたらすことに成功しています。それよりも同社は、単なる短期的な売上げよりも大切なものを顧客の心に残したのでした。
「忘己利他」の本当の意味
このように買物とは、単なる経済行為ではありません。本質は、商人の掲げる約束への信任行為にほかならないのです。そして財布の中の紙幣は、より良き商人を支持し、より良き未来を託す投票券です。
同社のホームページには、次のようにメッセージが続いています。
ヤマダストアーから全国の消費者の皆様へお願いがあります。是非、地元の農家さんや近所の魚屋さんやお肉屋さん、近所のパン屋さんなどの一番身近な小売店を応援してください。真の意味で皆様に本当の豊かさを与えてくれるのは、皆様の一番近くにいる人達です」
こうしたメッセージの根本には「忘己利他」という同社の経営理念があります。そのまま解釈すると自分を犠牲にして相手に利益を与えよというふうにとらえがちですが、本来の意味はそうではありません。
私たちはこの世に生を与えられ生まれてきた以上、幸せに生きる義務があります。そして自分にとって「幸せに生きる」ことの意味を真剣に考えたとき、実は自分は自分以外のすべてのもので成り立っているということに気づくでしょう。すべてのものは相互に依存しあって生きている、すなわち相互依存への理解が同社の商いの根本にあります。
かつて近江商人はこう遺しました。
店よし
客よし
世間よし
店、客、そして世間の三方の幸福を追求するのが商いの務めであり、そのつながりを自覚してこそそれはなしうるのです。あなたが商売をできるのは誰のおかげでしょうか。