笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

安さ以外の価値

経済産業省の「電子商取引に関する市場調査」最新版によると、2019年末から続いている新型コロナウイルス感染症のパンデミックによる影響でEC化率が大きく伸長。国内BtoCのEC化率は前年比0.7ポイント増の8.78%、市場規模は前年比7.35%増の20.7兆円と増加しています。2013年の市場規模が5兆9,931億円で、2021年までの8年間で約2.2倍となり、EC化率も同様に約2.2倍となっています。

 

Eコマースの強みは「安さ」「利便性」「豊富な品揃え」であり、これらでリアル店舗が優位性を発揮できる余地は多くはありません。つまり、どこでも買える商品を扱っていたら、勝てるはずがないでしょう。

 

経営危機からの再出発

 

顧客の悩みや要望を聞いて、オーダー中敷やオーダー靴を販売する靴店が岡山市にあります。自らを「職人集団」と呼ぶ中山靴店へは、足に悩みを持つお客様が多く訪れます。一見どこにでもある靴店のようですが、店内にはパソコンにつながれたモニター画面と見たことのない測定器が数種類置かれ、奥にはガラス張りの工房まであります。

 

婦人・紳士・子供靴のフィッティング・販売・修理のほか、オリジナルブランドシューズの企画・製造・販売、オーダーメイド中敷きの製作・調整・販売も行う同店では、気に入った靴が見つかれば、店内に設置され計測器で、足の正確な寸法、足裏の形状を計測し、オーダーメイド中敷をつくり、自分の足型にぴったりの靴をつくることができます。

 

同店は、三代目となる現店主の中山憲太郎さんの祖母が1950年に創業。昔ながらのフルラインの仕入れ靴店として営業を続けていた。

 

メキシコの靴工房での修業を終えた中山さんが帰国すると、家業は極度の経営不振に陥っていました。「継がなければ店をたたむ。継ぐのであれば、借金はあるが残せる経営資源もある」と両親。中山さんは、「三代目が生まれた」と喜んだ祖母の姿を思い出し、家業を継ぐことを決意しました。

 

40坪ほどの店内には多種多様な商品が並び、在庫も大量でした。靴の仕入れは7〜7.5掛けほどで粗利益率が低く、販管費などを差し引くと利益はほとんど残りません。

 

そこで、問屋よりセール品を出してもらえるよう交渉し、安く仕入れることで利益を確保しました。その中で気づいたことは、デザインが良く手頃な価格でも、履き心地が悪いものは売れないことでした。オーダー靴の製作の経験から、靴の構造はよく理解していました。履き心地を重視した仕入れをすることで、売上げは確実に伸びていきました。

 

嘘偽りのない商売を目指す

 

気がつけば家業を継いで4年、借金は完済していた。「商売は競争だ」と走り続けていたが、このころから違和感を覚えるようになっていました。

 

「靴屋の常識として既製靴は多少足に合わなくても仕方がないと、誰もが諦めて商売をしていました。しかし、足の悩みは正しく計測し、足に合った靴と中敷に作って変えるだけで解決できることも多いことを学んでいました。これからは、嘘偽りなく自信を持って胸を張れる商売をしたいと思いました」

 

中山さんは、足を靴に合わせるような従来の商売ではなく、オーダー中敷を本格的に製作することで、一人ひとりお客に合う靴を提供するために知識と技術習得に励みました。

 

同店のオーダーメイド中敷きは、3D足型計測で、0.1ミリ単位で踵からつま先まで立体的に計測、足圧計測で立ち方の癖を分析。さらに歩行解析をして、中敷き製作を行います。店内の工房で職人が製作するため計測後は最短30分で完成し、その場でお渡しができる仕組みです。

 

製作後は、半年後の無料メンテナンスなどアフターフォローも充実しています。お客様はフルオーダーにない手軽さと他にないサービスに喜び、店は価格競争に巻き込まれることもなく、両者にとっての利益が一致。同店は順調に成長、これまでの日本の靴選びの常識を変えようとしています。

 

Eコマースにない専門性と信頼性を身につければ、たとえ小さな規模でも、そこには他にない強みが生まれます。そんな店が街にあるとき、生活者の暮らしはもっと豊かになるでしょう。

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笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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