笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

熊本県八代市に盛髙鍛冶刃物という小さな会社があります。同社の創業は1293年、27代目に当たる盛髙経博社長が法人化したのは2010年のことでした。

 

鎌倉時代から約720年間も絶えることなく家業を守り続けてきました。創業から江戸時代までは、刀鍛冶として日本刀を専門につくり、明治以降は主として包丁など家庭用品や鍬や鎌などの農器具などの刃物を製造してきました。

 

けっして成長産業ではありません。かつて全国に約160社あった包丁メーカーは、現在100社ほどに減少。低価格の輸入物の蔓延と技術者不足、後継者不足で刃物製造業は完全な衰退産業です。同社はそうした中で、海外に販路を広げ恒常的な経営の安定化を図っています。同社が720年もの間続いてきたのはなぜでしょうか。

 

その要因の一つは、初代から27代に至るまで、代々トップが自社の仕事に自信と誇りを持ち、それを連綿とつないできたことでしょう。つまり、親が汗して働く背中を子どもに見せてきたということです。

 

中小企業がつぶれる最大の理由は後継者難。たとえば、商店経営の夫婦が夕食のときに、子どもの前で「今日もつらかった。この商売、もうやめようか」といった話をしていたとしたら、子どもは後を継ごうとは決して思わないでしょう。

 

第2には、安物をやめて、高くても品質の良いものだけに特化してきた点です。日本の伝統的な商品がアジアからの廉価な輸入品との競争に巻き込まれ、さらに安いもので対抗しようとして材質を落としたり、量産してコストを下げようとしたりする企業もあります。

 

しかし、同社は「規模を大きくしない」という家訓のもと、安物をやめて本物志向の商品に特化してきました。たとえば、刃材の鋼は最高級で最高性能の上、製造が非常に難しいとされる安来鋼「青紙スーパー」を使用しています。

 

同社の包丁の売れ筋は一本5000円から1万円以上、鍬は5000円以上もします。ホームセンターなら家庭用包丁が500~1000円、鍬は1000~1980円で販売しています。しかし、同社は本当にクオリティが高くいいものだけをつくります。

 

第3には、手作業による一貫生産。鋼と地鉄を900度で熱処理して三枚構造の型をつくり、ハンマーで打ってそれぞれの材質を硬く接合します。利器材と呼ばれる出来合いの複合鋼材を、ただ単に火造りで叩き延ばしてつくるのではなく、地鉄に鋼を割り込み鍛接する作業から丁寧に行っています。

 

研ぎ仕上げまでの一連の工程を、高度な技術を持つ鍛冶職人が一貫して行っているので月産300本が限界。しかし、最低10年以上の経験がないとこの仕事は任せられないと盛髙さん。確かな技術の継承が高い品質の裏付けとなっているのです。

 

第4には独自性です。いかにいい包丁でも長く使っていると柄の中の鋼が錆びて柄の部分が腐ってきます。同社では柄の部分にステンレス材を使用しているので、柄腐れによる細菌の繁殖を防ぎ、衛生的で柄が長持ちします。鋼の刃の部分と柄のステンレスを継ぐ独自の技術を「柄腐れ防止包丁」として実用新案登録。柄の材質にもこだわり、水気に強い天然木の紫檀材を使用しています。

 

第5には小売店とインターネットで直接販売していること。中間業者を通すと結果的に価格が跳ね上がってしまいます。また、問屋や専門業者を通すと結局はメーカー下請けと同じになってしまい、自分たちのポリシーを守れなくなってしまいます。同社は製販一体を基本として、工場の前で店を構え小売り販売し、1995年からいち早くネット通販を始めました。

 

第6には、海外売上げの比率が非常に高い点。輸出が伸びたのは英語版のホームページを立ち上げてから。現在、輸出による売上げは約5割以上、欧米を中心に50カ国以上から注文が入るといいます。

 

第7には完全な家族経営にあります。26代目である会長は盛髙社長の父、副会長は母、副社長は妻、鍛冶職人の親方はおじ、その後を継ぐ若職人は弟、店長は妹です。つまり、一家で720年の伝統を守り、新しい技術を開発し、次の世代へつなげようとしています。

 

第8には「規模を追わない」経営方針。企業理念は「代々受け継がれてきた刀鍛冶技術の継承と、盛髙の名を恒久的に守る。鍛冶技術を駆使して社会に価値あるものを造りだし、人類、社会の発展に貢献し、働く従業員一人一人に物心両面の幸せをもたらす」というものです。

 

企業規模にとらわれず、いいものをつくって世界に売る。だから、どんな場所でも事業を続けられます。商売に限界はないということを教えてくれる、まさに世界に誇れる日本の大切な会社です。

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笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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