笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

新著に見る「店は客のためにある」

商業界創立者であり「昭和の石田梅岩」と呼ばれた経営指導者、倉本長治がこの世を去ったのは1982年1月29日、享年82歳のときでした。それから間もなく40年。倉本が創刊した「商業界」も休刊となり、はや2年。

 

しかし、その精神は今も多くの商人の心を灯し、進むべき道を照らしています。近ごろ刊行された2冊の新刊にも、倉本の教えについての記述がありました。いずれも、日本の商業界への功績を記したもので、その根本精神に触れています。

 

コマースの興亡史

 

一冊目は、矢作敏行・法政大学名誉教授による『コマースの興亡史』(日本経済新聞出版社)。江戸期を淵源とする「正しい商い」の探求から昭和の流通革命へ、そして令和のデジタル化による創造的破壊へと変遷する日本商業史の分水嶺を取り出し分析しつつ、それぞれの時代の商業者の経営革新行動を解き明かしています。

 

その第2章「日本商業倫理思想の源流」の一項目〈近現代を結ぶ「商いの道」 戦後繁盛店と商業界精神〉で〈商業界精神 愛・真実・儲けの「三位一体論」〉と題して、商業界ゼミナールの基本精神について、著者は次のように記しています。

 

〈当時は戦後闇市の時代である。価格改定から品質、量目、表示まで不適切な行為が横行しており、商人たちは「国税は酷税」と恐れて税金申告をごまかす者も少なくなく、強い社会的批判を浴びていた。そこで長治は商業界ゼミナールの基本精神を「店は客のためにある」定め、顧客中心の正しい商業経営の樹立を宣言した。〉(同書76ページ)

 

〈いまでも経営者の中には多くの長治ファンがいる。ファーストリテイリング社長兼会長の柳井正は「店は客のためにあり、店員とともに栄える」を座右の銘にし、それを本社社長執務室の額に掲げている。ただし長治の言葉は「店は客のためにあり、店員とともに栄え、店主とともに滅びる」と続く。柳井は「店主とともに滅びる」を胸中におさめて、日々業務にいそしんでいるに愛違いない。〉(同書82ページ)

 

 

イオンを創った男

 

もう一冊は、岡田卓也・イオン名誉会長相談役の人物・経営者論『イオンを創った男』(プレジデント社)。著者は岡田屋時代から仕えた東海友和氏です。若き日の岡田エルダーが商業界ゼミナールで学び、席を並べた同業者と切磋琢磨する中でつかんだ信念について、著者はこう綴っています。

 

〈1958年、卓也は商業界主催の訪米視察チームの一員として同業他社の社長たちとともに参加した。アメリカの小売業の現状を見て、卓也はショックを受けた。アメリカ最大の小売業シアーズ・ローバックは売上高1兆4500億円でにほんのこっかよさんにも匹敵する規模であった。(中略)以来、卓也は小売業の地位を上げるために戦ってきた。〉(70ページ)

 

〈競争の勝者・敗者を決めるのは常に顧客である。顧客が審判員なのである。なんといっても購買の決定権は100%顧客がもっている。岡田はそのことを長年の経験から骨身に染みてわかっている。「店は客のためにある」は単なる標語ではない、もっと深淵で現実的なのである。〉(同書144ページ)

 

 

このように、2冊に共通して触れられているは「店は客のためにある」という商業界精神。その変わらざる根本精神と時々刻々変化する商いの技術、両著を貫くのはこうした精神と技術でした。

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笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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