それなりに長く生きていると、どうしても手許に置いておきたい手紙というものがあります。きっと、あなたの机の引き出しにも大切に仕舞った手紙があるはずです。
恋人や友人、恩師や恩人など、その送り主はさまざまでしょう。今日はそんな手紙の一つ、取材を通じてご縁をいただき、折々にご指導くださった恩人からのものです。
金沢のソウルフードを創った商人
石川県金沢市、持ち帰り寿司・弁当の名店「芝寿し」。1958年の創業以来、地元の信頼を得ながら北陸を中心に事業を営み、のれんを育ててきました。代表的商品「笹寿し」は年間1100万個以上を製造する“金沢のソウルフード”です。
創業者は梶谷忠司さん。1913年大阪に生まれ、20歳で菓子製造業を始めるものの日中戦争に従軍して中断。戦後は、製塩業、喫茶店、古着店、化粧品店、趣味の店、ボタン店、洋装店、毛糸店、東芝のショールームなど10回の転職を繰り返した末、1958年に芝寿しを創業しました。
芝寿し創業のきっかけは、東芝ショールーム時代に遡ります。炊飯器を売り出す際、デモンストレーションとして実際にご飯を炊いていた梶谷さんは、毎日炊き上がる大量のご飯を目の当たりにして「これで何か商売はできないものか」と考えたそうです。それが笹寿し誕生へとつながっていきました。
商業界ゼミナールの父
捨てられない大切な手紙の送り主、梶谷忠司さんは、2010年11月30日朝8時、97歳の天寿を全うされました。手紙をいただいたのが2008年4月24日ですから、お亡くなりになる数年前のものです。
梶谷さんは長きにわたって「商人の道場」と言われ、この2月に88回目を迎える商業界ゼミナールに参加しつづけて、多くの商業界同友に寄り添いつつ、商売は無論、人の道まで指導してこられた人物です。まさに「商業界ゼミナールの父」と言うべき稀代の商人でした。
手紙をいただいてから、はや14年。一介の若造に宛てた手紙に、商業界に対する深い愛情と愛着を感じざるを得ません。天国にいらっしゃる梶谷さんにお許しをいただきつつ、その一文をご紹介します。
先達からの手紙
「エルダーとかチューター(註:商業界ゼミナール同友会で指導的役割を担う商人)という名の付く人は400人近くおられますが、この方々と雑誌「商業界」の関係を密にする必要があると思います。この方たち皆が毎月の「商業界」を読んでいるのか、はなはだ疑問です。もっともっと読んでもらう努力が必要です。
エルダー、チューターで「商業界」を年間購読していない人は必ず購読してもらうよう、熱心にお願いすることと、「商業界」愛読の効能をPRする努力が必要と私は思います。商業界の経営理念でもある「店は客のためである」という不朽の精神を明確にして「燃える情熱」で当たっていくことが先決じゃないでしょうか。」
燃える情熱の商人の教え
このように叱咤激励してくださった梶谷さん、この人こそ誰よりも「燃える情熱」の商人でした。残念ながら、この手紙をくださった梶谷さんはもういらっしゃいません。
しかし、私の手元にはこの手紙があります。読み返すたびに恩人を思い出し、自分がやれること、やりたいこと、やるべきこと、これら三つの「や」を思い起こします。
やれること、それはこれまでの仕事を通じて学んだこと、身につけた技術。いただいたご縁もそれに当たります。
やるべきこと、それは自分の能力を生かして、ご恩を受けた方々にそれをお返しし、ご恩を次へ送ること。身近な人に「ありがとう」と言ってもらえる仕事をすることです。
やりたいこと、それはやれること、やるべきことが重なるところにあります。そこに楽しみとやりがいを見いだせる人間であれと、梶谷さんの手紙は教えてくれます。だから、この手紙は私の宝物なのです。
あなたにも、そんな手紙があるでしょう。こんど、教えてください。