「仕事は大変だし、予算は厳しい。……店長には昇格したくない」
人口減少社会を迎え、いかに人材を確保するかが企業活動の生命線といわれるなか、中小規模の商工業の人手不足は深刻です。とりわけ労働集約型産業である小売業・飲食業では、人材不足により、対顧客、対従業員にさまざまな負荷が生じています。そうした業界で働く従業員の意識はどうでしょうか。
もちろん取材を通じて出会う小売業者の多くが、自らの仕事に対する高いモチベーションを持っていますが、こうした後ろ向きな言葉を聞くことも少なくありません。それは多くの場合、企業規模の大きなチェーンストアの現場から聞かれます。そこには、自らの創意工夫を働かせる余地すらなく、組織の歯車として激務に追われる職場環境がうかがえます。
では、戦後の日本がロールモデルとして学んできたアメリカの小売業の現場はどうでしょうか。アメリカの経済誌「フォーチュン」では、「従業員が選ぶ働きたい会社ベスト100」という記事を毎年掲載しています。全米から選ばれた優秀な企業の中に、実は多くの小売業がランクインされています。
数年前、カルフォルニア州サンフランシスコ周辺で繁盛するスーパーマーケットをめぐったことがあります。そのとき印象に残る店があります。
「社長が、働く仲間が好きだから」
フォーチュン誌「働きたい会社ベスト100」常連企業、ナゲットマーケットは1926年創業のスーパーマーケット企業。カルフォルニア州サクラメント周辺で店舗展開するローカルチェーンながら、全米ナンバーワン企業であるウォルマートとは一線を画した品揃えと、優れたカスタマーサービスで地域ナンバーワンの人気を誇っています。
そのうちの一店の副店長にインタビューする機会があった。開口一番、同社で働くことを誇りに思っているという彼女に、その理由を聞きました。
「社長が、働く仲間が好きだから」
「現場の意志を尊重、自由にさせてくれる」
彼女の口から得出てきたのは、給与やボーナス、有給休暇の話はではありませんでした。お互いの信頼関係という精神的結束が経営の根本にありました。
実は今でもこの国を築いた清教徒の建国の理想が、多くの企業に今でも脈々と生き続いています。特に小売業には勤労を美徳とし、コミュニティや家族、伝統を大切にする、日本と変わらぬ多くの会社があります。「日本と変わらぬ」と書きましたが、いかがでしょうか。
独自した事業者としての誇り
サンフランシスコ郊外にある「レインボー・グロサリー・コープ」は年商40億円、従業員給与は同業のおよそ2倍という繁盛店です。1996年に創業された協同組合形態の自然食品マーケットで、社内の上下関係を最小にするため、店長は存在していません。店舗運営、そして経営のすべてを店舗で働く人々で構成される委員会で決定しているといます。
従業員はそれぞれ14の部門で、発注・仕入れから、店舗運営、販売促進までを一貫して担当しており、自分で決定・実行できる権限と、それに伴う責任を負っています。その形態は独立した事業者のようでｓｙ。
かといって、担当以外の部門について無関心というわけではない。お客様が売場で困っていたり、質問を受けたら、部門を超えて協力しあう様子を、わずかな滞在時間の中でもたびたび見かけました。お客様の満足、そこに仕事の喜びがあるからです。
「自分で仕入れた者をお客さんと接しながら販売していく。そして仲間と協力しながら、店をより良いものにしていく。それができるから、僕はこの店で働くことが好きなんです」
効率を目的に、業務を細分化してきた日本の商業が失ってしまった“仕事の喜び”がそこにありました。本来の目的は、お客様の満足という理（ことわり）に合わせることにあるはずが、率を効かせることがそれに取って代わっていませんか。効率ではなく合理、そこに仕事の本質があります。
