「おじいさんとおばあさんから贈られたけど、気に入らないからキャンセルしたい」という電話をかけてきたのは、小さなお子さんを持つ母親でした。
同じような電話を何本か受け、その人は自らが商う業界に著しい危機感を覚えたそうです。その人とは、節句人形製造販売「ふらここ」の原英洋さん。家業の人形店で働いている時のことでした。
桃の節句と端午の節句は子の成長を願い、家族の絆を深める機会として古くから親しまれる日本の伝統的な季節行事です。しかし、その市場は衰退を続け、典型的な構造的不況業種になっています。
団塊の世代のころには270万人あった出生数がいまや80万人を切りました。少子化による絶対数の減少ばかりでなく、節句人形を購入するのは、その3分の1にまで減っているそうです。
問題の根源には「伝統の呪縛」があります。七段飾りの雛人形に象徴されるように、節句人形を飾るには広いスペースが必要です。しかし従来の商品は、核家族夫婦の家には大きすぎするサイズなのです。
人形の顔はうりざね顔をもって良しとされ、そうしたものを作れるのが良い職人とされてきました。しかし、そのデザインは今の子育て世代の好みにはほど遠いものです。
大きさとデザイン、この二つが顧客ニーズからかけ離れてしまっています。だから、いくら親からの贈り物でも「気に入らないからキャンセル」となるのでしょう。
こうした需要減少の結果、節句人形業界は値引き販売が横行。価格は下がり、そのしわ寄せは作り手である職人にも及んでいます。
伝統的な業界ゆえに、その伝統が変化への対応を邪魔しました。節句人形は、人形のパーツを作る職人、組み立てる職人、それらを差配する卸、そして販売店という多層的な構造を持っています。その複雑さも、変化への対応を遅らせたのでしょう。
原さんは、こうした業界の縛りから自由になろうと「ふらここ」を2008年に創業。顧客ニーズに耳をすませ、伝統を創造的に破壊していきました。
45センチ立方体に収まるコンパクトな商品開発。うりざね顔ではなく、赤ちゃん顔のかわいらしい顔のデザイン。インターネットによる販売。製販一体のビジネスモデル。そして、職人を大切にする経営。結果、値引きとは一切無縁で、予約は一年待ちという人気です。
原さんは、節句人形を買う「3分の1」のマーケットを狙って価格競争をしたのではありません。節句人形を買わない「3分の2」のマーケットの“買わない理由”を解決していったのです。
商いとは、不便、不満、不足、不利、不快といった「不」の解消業。あなたの商いに、見落としている「不」はありませんか。