笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

在り方を貫き、やり方を変える

◆今日のお悩み
長年当社の核だった事業からの撤退を迫られていますが、まだ可能性があると感じています。どう判断すべきでしょうか。

 

 

室町時代後期に京都で創業以来、和菓子屋を営む「虎屋」。顧客一人ひとりに真摯に向き合い、その思いに応える接客で知られていますが、そうした姿勢は接客だけにとどまりません。500年続く老舗の事業全般に一貫する経営スタイルといっていいでしょう。

 

なぜなら、顧客ニーズは一人ひとり異なり、時代によっても求められるものは変化していくからです。それゆえ目や耳、心を研ぎ澄まして、目の前の顧客の想いを汲み取り、声には出されない気持ちに寄り添い、変化に対応する柔軟さが事業には欠かせません。「お客様が求めていらっしゃるものは昨日とは違う」とは、黒川光博17代当主の口ぐせとして知られています。

 

同社の本丸「赤坂店」が2018年に新装開店したときのこと。老舗らしからぬ羊羹の自動販売機が売場に置かれた。

 

「同じお客様でもその時々によって『今日はゆっくりおしゃべりしたい』『今日は手短に買物を終えたい』などと、気分が変わるのは当たり前のこと。そこを理解しないまま、お客様に接していないかと問うてみたのです」と、17代目は理由を語ります。

 

このように虎屋は変化対応を厭いません。2003年には“自由で新しいお菓子の世界の提案”をコンセプトに「トラヤカフェ」を開業。あんとチョコレートを合わせた焼き菓子など従来の発想を超えた商品開発に挑戦します。

 

2016年には“あんのある生活を”コンセプトに「トラヤカフェ・あんスタンド」をスタート。コロナ禍中の2021年には「トラヤあんスタンド」に店名を統合し、同時に「あんペースト」「あんケーキ」といった主力商品をリニューアル。老舗の看板にあぐらをかくのではなく、和菓子の魂である“あん”を手軽に楽しめる商品づくり、提供方法に取り組んでいます。

 

そんな同社にあって変わらないものがあります。「おいしい和菓子を喜んで召し上がって頂く」という経営理念です。自社の原点を事業の中核に据えつつ、時代に寄り添いつつ変化を続けところに、老舗の老舗たるゆえんがある。

 

「正しきに 依りて滅ぶる 店あらば 滅びてもよし 断じて滅びず」という格言があります。戦後復興期に活躍した経営指導者、新保民八のものだが、次のように続く。「古くして古きもの滅び 新しくして新しきものまた滅ぶ 古くして新しきもののみ 永遠にして不滅」。

 

この言葉の前半は事業の“在り方”を、後半は “やり方”を指します。在り方が成熟していても、やり方が時代と顧客ニーズからずれ、革新性を失えば滅びます。やり方が革新的でも、在り方が未熟ならやはり滅びるのです。唯一、永遠にして不滅たりうるのは、在り方が成熟している者のやり方が時代と顧客ニーズの変化に対応し、革新性を持ち続ける場合のみであると新保は説いています。

 

在り方とは事業理念であり、事業の核となる技術。やり方とは、時代と顧客の変化へ対応する革新力にほかなりません。中核事業からの撤退の是非に悩む前に、自らの事業を、変わるべき方向を教えてくれる時代と顧客ニーズをもう一度見つめ直してはいかがでしょうか。その有効性を老舗の和菓子屋が立証しています。

 

#お悩みへのアドバイス
古くして古きもの滅び
新しくして新しきものまた滅ぶ
古くして新しきもののみ
永遠にして不滅

 

※このブログは、東海道・山陽新幹線のグリーン車でおなじみのビジネスオピニオン月刊誌「Wedge」の連載「商いのレッスン」を加筆変更してお届けしています。毎号、興味深い特集が組まれていますので、ぜひお読みいただけると幸いです。

 

この記事をシェアする
いいね
ツイート
メール
笹井清範

笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

新刊案内

購入はこちらから

好評既刊

売れる人がやっているたった4つの繁盛の法則 「ありがとう」があふれる20の店の実践

購入はこちらから

Social Media

人気の記事

都道府県

カテゴリー