笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

「記憶に残る幕の内弁当はない」とは、作詞家、音楽プロデューサー、放送作家と多様な才能を持つヒットメーカー、秋元康さんのものづくりの鉄則として有名な言葉。かつて、予備校講師でありタレントの林修さんが司会を務めるテレビ番組で、その真意を次のように語っています。

 

「たとえば『ゴールデンタイムに林先生一人で哲学の番組をつくろう』っていうのは勇気がいるけど、当たったらぶっちぎりなんです。でも、どんどん『お笑いの人、誰か入れたほうがいいんじゃないか』『誰かかわいい子を入れたほうがいいだろう』と、だんだん幕の内弁当になっていく。今までで一番おいしかった幕の内弁当って思い出せます?」

 

このように幕の内弁当を例に、一点突破の単品主義の持つ強さを表現。筆者も共感するところがありました。

 

記憶に残る幕の内弁当との出会い

 

しかし、秋元さんの鉄則は半面は正しく、半面は誤りであることを知る機会を得ることになります。 “幕の内弁当理論”を超えた幕の内弁当を知ったのです。

 

中部地方最大のターミナル駅、名古屋駅から徒歩5分足らずの距離に、その会社はあります。江戸時代に魚問屋として創業、漬物屋、料亭、そして駅弁・弁当屋としておいしさを追求する技術と心を受け継いできた「松浦商店」では、およそ15種類の駅弁を製造。それぞれ味で旅行客の舌を楽しませてきました。

 

「じつは、それらのうち売上トップ3を占めているのが幕の内弁当なのです」と語るのは、同社の松浦英一郎社長。理由は、具の一品一品のおいしさにあります。どの具も熟練の調理人による手づくりであり、玉子巻き、煮物、焼き魚、揚げ物のどれもが単品で勝負できる味を誇ります。

 

たとえば、幕の内弁当に欠かせない玉子巻き。中までしっかり火が入るよう熱伝導率の高い銅製の玉子焼き器を用い、職人が一つひとつ丁寧に薄焼き玉子を幾重にもまるめてふっくら焼き上げています。

一つひとつの品質が高く、それぞれの特徴を生かす姿は、この春先にWBCを制覇した侍ジャパンを思わせます。ちまたの幕の内弁当が記憶に残らないのは、それぞれが一軍半から二軍の寄せ集めだからなのでした。

 

未曽有の危機を好機に変える

 

駅弁をつくって100年超の歴史を持つ同社にも、未曾有の危機は訪れます。2020年に発生したコロナパンデミックです。人の移動が制限され、旅行あってこその駅弁は大打撃を受けます。その年のゴールデンウィークの売上は前年同期比95%減となりました。

 

「なんとかしなければ」と、松浦社長は社員とともに活路を探し求めました。さまざまな挑戦に取り組んだが、ほとんどが成功にはつながりません。それでも、挑戦をやめませんでした。

 

突破口は過去の失敗の中にありました。コロナ禍前、同社では日本人の国民食でありながら、駅弁とは縁遠いカレーを商品化しようと、冷めても味の損なわれない「冷めても美味しいキーマカレー弁当」を試作の末に開発。社内での評価は高いものの、「冷めても」というフレーズがマイナスにはたらき、自信作でありながらわずか半年で生産中止となる辛い経験がありました。

 

「カレーでもう一度勝負!」と、2022年に「キーマカレーぱん」を開発。同年6月にカレー専門店「マツウラベーカリー」を名古屋駅の名鉄百貨店に開店します。

 

キーマカレーには同社の人気弁当「天下とり御飯」で使われている鶏そぼろを使用し、隠し味に地元岡崎の八丁味噌とハチミツを加えることで、あらゆる世代に親しまれる味を追求。地元の人気ベーカリー「テーラ・テール」から生地の供給を得て完成した、駅弁屋のつくるキーマカレーぱんはいまや名古屋の新たな定番みやげに育とうとしています。

 

同社の新事業の根っこにあるのは、同社が守ってきたおいしさへのこだわりです。それが結実したのが幕の内弁当であり、長年培ってきた豊かな土壌に咲いたのがキーマカレーぱんなのです。

 

幸せの青い鳥は自社の外にいるのではなく、自社が長年大切にしてきたものの中にこそあります。そんなことを教えてくれる幕の内弁当とカレーパンです。

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笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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