「流通ジャーナリスト」という肩書で一時代を築き、駆け抜けるように活躍し、惜しくも早逝した友がいました。今日は彼の11回目の命日。享年41歳。今も生きているとしたら52歳。現場取材をこよなく愛し、リアリティを大切にした金子哲雄さんです。
彼と出会ったのは、お互いまだどこの馬の骨だか知れない駆け出しのころ。私が初めて一冊丸ごと編集を任された別冊号の仕事においてでした。人懐っこく、こちらの要望を超えるリターンを返してくれる頼もしい存在として、それからというもの国内外各所へ取材の旅をともにしました。
やがて彼が活躍の場をテレビに移していってからも、生活に基点を置いたコメント、現場のリアリティを大切にする姿勢に変わりはありませんでした。仕事をともにする機会は少なくなっても、そんな彼をいつも身近に感じていたものです。
命日の今日、書棚から彼の著作の一つを取り出し、久しぶりに読みました。タイトルは『「激安」のからくり』。初版は2010年5月。
世は後に「失われた30年」と言われたデフレ経済期真っただ中。激安ジーンズ、100円バーガー、低価格スーツ、2万9800円パソコンなど、各業態・各社が低価格追求に血道を上げた時代です。
本書で金子さんは、綿密な取材に基づく豊富な情報を読者にわかりやすく説いています。ダイエー中内功、セブンイレブン鈴木敏文、ユニクロ柳井正、ドン・キホーテ安田隆夫といった時代を画する経営者に切り込み、そのビジネスの特徴を生活者視点で語っています。
本書を通じて一貫しているのは、消費者が賢くなること。単に見た目の安さに振り回されるのではなく、商品の価値を見極める選択眼を養うことを推奨しています。本書はまさにその教科書と言えるでしょう。
あとがきでは「激安は真に消費者のためになっているのか」と読者に問い、次のように記しています。ここに彼の真骨頂があります。
「筆者は、『激安』や『安売り』を片方では応援しています。消費者主権をうち立てた戦後流通史の健全な流れがそこにはあるからです。しかし一方では、そろそろ『激安栄えて、国滅ぶ』を本気で心配しない時代にさしかかっているとも思っています。答えはまだありません。なにより、日本の消費者が賢くなることです。本質的な解決に向かう道はそれしかないようです』(216ページ)
彼の問いは今も生きて、私たちに問いかけています。
新著『店は客のためにあり 店員とともに栄え 店主とともに滅びる』をお世話になった方々に献本しようと考えたとき、金子さんには真っ先に読んでほしいと思いました。しかし、私は天国に献本する術を知りません。
だから私にできるのは、金子さんが遺した問いに向き合い、答えを求める営みを受け継ぐことです。その意味で新著は、現時点での私の回答でもあるのです。
「消費者に賢さを求めた男」への2件のフィードバック
ご無沙汰しております。
ご活躍、拝見しております。
同い年ということもあり情報番組を見ているときや
ふとしたときに金子さんを思い出します。
仕事をご一緒できたのは数回ですが、意外と密なやり取りをさせてもらい、思い出がいろいろあります。
いま、ご存命ならどんなことを話してくれるんでしょうね。
思い出す機会をいただきありがとうございました。
笹井さんもご自愛ください。
私こそご無沙汰しております。そうでしたね。彼は人の記憶に残り続ける人物です。私も折々に「これ、金子さんだったらどう思うのかな」と思うことがあります。