笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

イオン・岡田卓也、セブン&アイHD・伊藤雅敏、ダイエー・中内功、西武セゾングループ・堤清二……これら日本の小売業史を語る上で欠かせない経営者たちを導き、彼らから「師」と慕われた伝説の経営指導者がいました。そして、この男の教えを唯一の「座右の銘」として自身の経営の中心に据えるのが柳井正ファーストリテイリング会長兼CEOです。「私の座右の銘はこれ以外ない」と当代随一の名経営者に言わしめる唯一の教えとはいったい何でしょうか? 新著『店は客のためにあり 店員とともに栄え 店主とともに滅びる』にその答えはあります。

 

 

地方商店街の二代目を覚醒させた言葉

 

「私がもっとも影響を受け、もっとも好きなこの言葉と出合ったのは、当時のすべてを注ぎこんだ新店の開業より前のことでした。若い頃、この言葉を唱えた倉本長治さんが主筆を務める雑誌『商業界』を読み、純度の高い結晶のような言葉を私はそこで見つけたのです」

 

こう語るのは、ファーストリテイリング代表取締役会長兼CEOの柳井正さん。当時のすべてを注ぎこんだ新店とはもちろん、1984年6月2日に広島市に1号店を開業した「ユニクロ」です。およそ40年後の今日、ユニクロは日本をはじめ23の国と地域に2440店舗(2023年5月末現在)を数えるまでに成長しました。

 

同社の2023年8月期業績は売上高2兆7,300億円(前期比18.6%増)、営業利益3,700億円(同24.4%増)。日本の小売業では3位にランクインするばかりか、世界のアパレル製造小売業でもZARA(スペイン)、H&M(スウェーデン)に続く存在となっています。2023年8月期上期決算説明会では、売上高を今後10年程度で10兆円にする目標を表明したことは記憶に新しい。

 

9月1日には子会社である㈱ユニクロの代表取締役社長兼COOに、同社生え抜きで若干44歳の塚越大介取締役を抜擢。9月15日にはメーガン妃のウエディングドレスを手がけたことで知られるイギリスのデザイナー、クレア・ワイト・ケラーによるウィメンズコレクション「UNIQLO:C(ユニクロ:シー)」の発売を開始するなど、ステートメントに掲げる「服を変え、常識を変え、世界を変えていく」の実現に向けて同社の革新はとどまるところを知りません。

 

しかし、その航海はけっして順風満帆だったわけではありません。「10回新しいことを始めれば9回は失敗する」と柳井さん自身が言うように、同社の歩みは挑戦と失敗の歴史でもあります。

 

地方商店街の紳士服店の家に生まれた柳井さんは大学を卒業すると、親の勧めでジャスコ(現イオン)に入社。しかし1年と続かず、友人の家に居候しているところを父に呼び戻され、実家の小郡商事に入社。そんな柳井さんの目にも、家業の仕事の効率や従業員の態度の悪さが目立ちました。それを直そうと厳しく指導すると、7人中6人の従業員が辞めてしまったといいます。

 

なんとかしなければと柳井さんは、残った番頭とともに店と経営の現場・現物・現実のすべてと向き合い、試行錯誤を繰り返していきました。郊外店の多店舗化を進め、1998年の原宿出店とフリースブームにより全国区の地名度を得ますが、その後に業績低迷が訪れ、野菜販売の失敗、海外出店の挫折、若手経営者への権限移譲の不成功と、まさに柳井さんの著作『一勝九敗』を地で行く道のりでした。

 

そんな柳井さんを覚醒させ、常に支え続けた言葉がある。

 

店は客のためにある――。

 

「昭和の石田梅岩」「日本商業の父」と言われた経営指導者、倉本長治の教えです。この言葉から柳井さんは何を学んだのでしょうか? 新著『店は客のためにあり 店員とともに栄え 店主とともに滅びる』より、読書家としても知られる柳井さんが寄せる解説文から一部を抜粋します。

 

 

柳井正いわく「私の“座右の銘”はこれ以外ない」

 

商売の原理原則はいつの時代も変わらないし、「店は客のためにある」以上のものはありません。それなのに、多くの経営者が当たり前と軽く見て、ないがしろにしています。そういう経営者ほど、仕事に戻った瞬間や厳しい局面に立たされたとき、この言葉をすっかりと忘れ、自己都合の商売をしているものです。

 

そうはなるまい――。駆け出しだった頃から、この思いが私の商売の原動力となりました。

 

「店は客のためにある」とは、経営者の体裁を繕う美辞麗句でもなければ、耳に心地よいスローガンでもありません。経営のありとあらゆることを、これに徹する覚悟と実践を求める決意の言葉なのです。極めてシンプルな表現の内に、商いの原理原則のすべてが込められています。

 

ところが最近の起業家は、手っ取り早く儲けようとします。そんなの儲かるわけがない。儲けようとしたら絶対に儲からない。誰も人を儲けさせようと思って、応援してくれる人などいません。

 

儲けは、己の全身全霊をかけて人に喜んでいただく先にあります。倉本長治さんはそれを「お客様という名の友をつくれ」と言いました。まさに経営の目的とは「お客様」と呼ばれるファンを増やしていくことであり、顧客の創造に尽きます。私が経営者人生をかけて追求してきたことでもあります。

 

そのためにファーストリテイリングは、私たちの価値観に「お客様の立場に立脚」することを掲げ、私たちの行動規範に「お客様のために、あらゆる活動を行います」と約束しています。企業理念である「服を変え、常識を変え、世界を変えていく」ことこそ、私たちにとっての「店は客のためにある」の実践なのです。

 

世の中を変えたいのなら、自分が変わらなくてはならない。だから私たちは勇気をもって、今までの成功を捨ててきました。私たちは常に今の成功を捨てて、未来に向き合っていく集団でありたい。そのとき未来を示す羅針盤、それが「店は客のためにある」なのです。

 

店とは、経営者のためにでも、社員のためにでも、株主のためにあるのでもありません。何より、店はお客様のためにあるのです。それを勘違いする人がじつに多い。お客様のために役立たなかったら、他のどんな人に役立っても店の存在意義などありません。お客様のために一途になること。それが成果を生み、結果として株主や社員、そして経営者も幸せになれるのではないでしょうか。

 

だから当社は小売業の範疇を超えて、お客様のために変わろうと挑戦を続けています。そのためには世界中から生の情報を集めて、誰よりもお客様の要望をお聞きして即商品化することです。ファーストリテイリングという社名は、そういう意味なのです。

 

 

伝説の経営指導者「倉本長治」とは何者か?

 

では、柳井さんを商いに進むべき道を照らす言葉を生んだ倉本長治とは何者なのでしょうか。

 

倉本は1894年、元禄時代からの菓子商の家に生まれ、幼いころから小売商に愛着を抱いていました。1925年、26歳で雑誌「商店界」の編集長に就くと水を得た魚のごとく、商業評論、広告・宣伝のコンサルタントとして活躍します。

 

戦時体制の強化により「商店界」は休刊。そこで師事する人物の薦めにより、ある企業の取締役に就きましたが、これが原因で後にGHQから公職から追放されることとなります。

 

戦後、日本経済は混乱の極みにありました。激しいインフレが続き、商業は不当な高値販売や情実販売が横行し、道義は地に落ちていたのです。そこで手弁当で全国各地へ赴き、「店は客のためにある」という消費者主権と、「損得より先に善悪を考えよ」という商業倫理を掲げ、正しい商人道と商業の近代化を説きました。

 

1948年、全国の愛読者と支援者たちにより、後半生のすべてを捧げることとなる雑誌「商業界」が創刊されます。戦後の混乱治まらぬ中にあって健筆をふるい、新しい時代の商業経営の精神と技術を提唱。追放が解除されると、商業界主幹に就任します。

 

1951年には、講師と受講生が寝食を共にして学びあう「商業界ゼミナール」を主宰。すると反響はすさまじく、彼らは寝る間を惜しんで学び、語り合ったのです。回を重ねると、すぐに3000人を超える商人が全国から集うようになり、その熱気から「商人の道場」と言われるようになりました。

 

倉本は、これまでの金儲け一辺倒の商人のあり方を悔い改め、お客様のための商売に生きようという信念に燃えた多くの商人たち育成に尽力。また、いち早くアメリカの先進的な経営技法の導入を積極的に提唱し、来たるチェーンストア、ショッピングセンター時代に先鞭をつけたのです。

 

こうした活動を通じて、倉本は日本の商業近代化に貢献し、多くの優れた経営者を全国各地に輩出しました。そんな彼らから師として敬われ、「日本商業の父」「昭和の石田梅岩」と呼ばれています。

 

じつは、倉本の教えには続きがある。

 

柳井さんがそれを知ったのは1994年、広島証券取引所に上場して間もない頃、かつての勤務先であるイオンの岡田卓也さんと「商業界」誌上で対談ときのことでした。そのとき、「店は客のためにある」は「店員とともに栄える」と続き、「店主とともに滅びる」と締めくくられることを知ることとなりました。

 

「これら一連の言葉は、企業の在り方そのものを示しています。企業にとっていちばん大切な永続性の本質を、私はここに見たのでした。これまでに、この言葉に何回も励まされ、ああ、こういうことだったのかと気づかされたりしてきました」と柳井さんは言います。

 

以来、彼の執務室の壁には「店は客のためにあり 店員とともに栄える」という言葉を掲げ続けられているのです。

 

 

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笹井清範

笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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