店は客のためにある——この一文こそが「昭和の石田梅岩」「日本商業の父」と言われ、多くの商人を導いた倉本長治の思想の本質です。この言葉は小売業ばかりではなく、あらゆる事業の使命であることを伝えたいというのが新著『店は客のためにあり店員とともに栄え店主とともに滅びる』を執筆した動機です。
では、「店」とは何でしょうか。本来、店は「見世」と書きました。「世」の移り変わりを「見」て、お客様の心の変化を感じ取るのが「店」を商うことの務めだからです。商人は店を通して時代の変化を見抜き、変化に柔軟に対応してきました。「店」とは事業活動のことであり、あなたの仕事そのものです。
ところが、あるとき商人の「見世」の歴史が失われてしまいます。すべてが焼けた戦後の物不足の時代、商人は物を動かすだけで金になり、人の足元を見ては儲けました。頭にあるのは、渇望感を満たそうという欲から生じる儲けだけでした。続く高度経済成長時代には、楽をして儲けるようと効率を性急に求め、いつの間にか商人は世も人も見ようとしなくなったのです。
しかし、どんなことも永遠には続きません。高度経済成長は過去の記憶となり、私たちは激しく移り変わる社会や経済に翻弄され続けています。こうした変化が常にあることは歴史を振り返れば明らかでしょう。情報技術の発達がその動きを加速させているようにも思います。だからこそ、私たちは世の移り変わりと人を見なければなりません。そのときの座標軸こそ「店は客のためにある」であると、倉本は遺してくれました。
海外に目を転じると、マネジメントのピーター・ドラッカー、マーケティングのフィリップ・コトラー、競争戦略のマイケル・ポーターといった経営学の巨人たちも、その教えの起点に顧客を置いています。ドラッカーは企業の目的に「顧客の創造」を掲げ、コトラーは顧客をよく理解するところからマーケティングが始まるといい、ポーターは顧客を喜ばせることが資本主義の神髄と説いています。「店は客のためにある」とは、これら碩学の名言をひと言で表現したものといっていいでしょう。
そして「店」とは事業そのものであり、「客」とはあなたが事業を通じて役に立ちたい、喜んでほしいと願う対象のことです。顧客、従業員、取引先、地域社会、出資者など、客はさまざまな顔を持っています。彼らの全体最適を実現することが商いの務めなのです。
しかし、身勝手な考えに固執する一部の商人は、売れないことを他人のせいにします。不況だから、強大な競合店ができたから、商圏が小さいから、天候不順だから、客筋が悪いから、さらには従業員が悪いからと、他者を責めるばかりで己を振り返ろうともしません。
お客様はあなたのためには商品を絶対に買いません。商品が売れるのは、お客様がそれを自分に役立つと思うからです。商いに競争があるとしたら、それはお客様へのお役立ちの競い合いです。それなのに商人はお客様という人を見ることを忘れてしまいました。
商いの成果が上がらないことを他人のせいにして嘆く前に、世の移り変わりと人を見てください。そして、己が変わるのです。変わるために学ぶのです。学ばなければ世も人も見えません。学ぶことで己を変えて、本来の商いに立ち返りましょう。それを倉本は「店は客のためにある」と断じました。
商人が変われば商いが変わり、商いが変わればお客様も変わります。お客様の喜びと感謝が、あなたの人生と商いに新しい喜びをもたらしてくれます。商人は「見世」から社会を変えていく役割を担っている――これこそ倉本が生涯をかけて伝えようとしたことでした。
そんな倉本が鬼籍に入ったのは1982年。まもなく訪れるバブル経済期に多くの企業が株や土地の投機に走り、あぶく銭をかきあつめることに躍起となりました。小売業者は自らを流通業と名乗り、商人本来の使命である一人ひとりのお客様に小さく売ることの大切さを忘れました。その顛末はご存じのとおりで、多くの企業が泡のように消えることになります。店が客のためであることを店主がないがしろにしたとき、店はあっけなく滅びるのです。
倉本はその著『倉本長治短詞集』に「真の店」という短い詞を遺しています。もし、あと数年生き続け、バブルの狂奔を目の当たりにしていたのなら、倉本はどんなことを指摘するかを考えるとき、この数行を思わずにはいられません。
お店のおかげで
町の人たちの
生活が改善されました
とお礼を言われる
店こそ真のお店
このように、心から一人のお客様を喜ばせることがどれほど難しいことかは言うまでもありません。しかし、その営みにこそ商人の務めがあり、喜びがあります。商人は「ありがとうございます」とお客様に言うのが常ですが、お客様から「ありがとう」と言われるような商いを追求するところに、倉本のいう「真の店」はあります。
私たちは新しいお客様に出会っていくためにも、お客様に末永くご愛顧いただくためにも、お客様に満足を提供しなければなりません。しかし、満足はやがて当たり前になります。常に向上を目指したとき満足は感激になり、感激は感動を呼び、感動の先に「ありがとう」という感謝があります。
・店がお客様のためにあること心に置き、実践する商人
・旧弊に囚われず、新しい商業を創造しようとする商人
・お客様を心から愛し、お客様から心より愛される商人
これらは、倉本が長く筆を執った雑誌「商業界」が目指した商人像であり、私が本書を通じてお伝えしようと努めたものです。私はそこで学んだ者として、倉本をはじめとする先達の理念を受け継ぎ、時代と寄り添いながらも、その火を絶やさぬ努力をし続けることを使命としています。いま「商業界」はありませんが、その役割に変わりはありません。
本書は、倉本の遺した膨大な著作から選んだ全12巻の『倉本長治著作選集』、倉本長治の長男として理念を継承した倉本初夫の著作、倉本と縁ある商人たちの遺した著作、さらには私自身が学んできた商人と著作、取材体験をもとに執筆しました。それは、私の浅学非才さを自覚する営みであり、一方で多くの学びを得られる道のりでした。
「良い商人ほど悩み、悩む商人ほど学ぶ」と倉本はいい、悩みが多いほど学び、成長し続けられるのだと励ましています。私自身も著作の中で出会える倉本に励まされながら、道に迷わないようここまできました。
本書『店は客のためにあり店員とともに栄え店主とともに滅びる』が皆様の仕事と人生に少しでも役立つことができれば幸いです。