笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

1937年、後の「六花亭」店主、小田豊四郎は、体調不良の叔父から「帯広千秋庵」の経営を引き継ぎました。当時、帯広は人口が3万8000人余、戸数にすると6500戸ぐらいの小さなまち。それでいて豆やビートといった原材料に恵まれていたことから、すでに多くの同業他社がいました。

 

本店の札幌千秋庵の店主から経営について教えられたことは二つ。「一生懸命に稼いだら必ず飯は食える」「どんなに高くてもいいから一番良い材料を使って美味しいお菓子を作れ、100個しか売れないときは儲からないけれど、500売れるようになると儲かる」ということでした。

 

どんなに高くてもいいから一番良い材料を使う――これこそ小田が生涯にわたって追求した「正しさ」でした。後に出会った商業界初代社長・新保民八を師と仰いだ理由もやはり正しさでした。新保はこんな言葉を遺しています。

 

正しきに
依りて滅びる
店あらば
滅びてもよし
断じて滅びず

 

 

経営はぎりぎりの状態が続き、何度も廃業を考えるほどの状態が続きます。しかし、前述の二つの教えを守りつつ、小田はある取り組みをして経営を諦めませんでした。彼の半生記『一生青春一生勉強』に「御用聞き」という詩が残されています。

 

ご用聞きに何軒も歩いた。
誰も注文してくれない。
雨の降る冷たい日。
食パン半斤に五銭のキャラメル一つ 合計一三錢。
ありがとうございました。
初めての注文 嬉しい。
儲かる儲からないということは贅沢な話だ。
注文を頂くことが本当にありがたいことなんだ。
売りに行っても買ってもらえなかった昔の日。
でも この三年間の苦しい体験が六花亭の基盤だ。
忘れてはいけない。
お菓子の売れなかった日。

 

 

やがて帯広を代表する店となり、「六花亭」と屋号を変えた同店。時代の流れで製造にさまざまな機械が導入されていきますが、小田が六花亭の強みとして最も重視したのが人間の力です。同じく「一枚のカステラ」という詩に記しています。

 

一枚のカステラを焼く。
毎日、機械的に同じように焼く、進歩のない仕事。
いつか機械がおいこしてゆく。
一枚のカステラを焼く、毎日毎日焼き上りをみつめる。
根気のいる仕事だ。
でも少しずつカステラがわかる。カステラが教えてくれる。
塩梅のよいカステラが焼けるようになる。
機械がいつまでも追いつけないカステラ、
値うちのあるカステラ、オートメがどんどん進む。
どんなに機械が進んでも操作するのは人だ。
機械の進歩を上まわる勉強をした人だけができる。
機械に使われる人になるな、操作できる人は豊かな文化を楽しむ。
操作される人はとりのこされていく。

 

 

さらに北海道を代表する菓子店に成長していく六花亭。新工場を建設し、さらにおいしいお菓子づくりにまい進する小田ですが、人間第一の経営は変わりません。「新しい工場」という詩があります。

 

生産性を高めることは大切だ。
おいしくお菓子を作ることはその基本だ。
生産性を高めるという新しい考え方と、
おいしいお菓子をつくろうという古い伝統のある
相反したこのふたつをミックスして、
ひとつにするのは君だ。
君の姿勢がポイントだ。
企業は人、お菓子づくりも人。
日日勉強、日日反省。

 

生産性を高めるという「新しい考え方」と、おいしいお菓子をつくろうという「古い伝統」、相反したこの二つをミックスする――これと同じ思想を、前述の新保は次のように表現しています。

 

古くして古きもの滅び
新しくして新しきものまた滅ぶ
古くして新しきもののみ永遠不滅

 

お菓子の街をつくった男、小田豊四郎の遺した詩には、繁盛の理由が説かれています。お菓子の売れなかった日を忘れない。この決意は今も六花亭に受け継がれています。

 

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笹井清範

笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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