笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

商業史を振り返ると、売上げ追求、規模拡大を目指すあまりに「顧客の満足」という合理性よりも「自社の都合」という効率性を優先し、お客様からの支持を失って衰退していった企業は少なくありません。

 

また、総合化の名のもとに専門性を二の次にして、お客様に専門家ならではの価値を提供できなくなった企業もあります。結果、巷には「いろいろあるようだけれど、欲しいものが見つからない店」があふれました。

 

たとえば、スーパーマーケットの鮮魚売場もその一つです。鮮度劣化が早くて廃棄ロスが出やすく、仕入れコストが高くて利益率が低いことから「お荷物部門」と言われてきました。

 

一方で知識や経験技術が必要な仕事ゆえに、人材育成は一朝一夕にはなりません。結果、どの店も貧弱な品揃えとなり、つまらない売場となっています。

 

忘れてはなりません。高い専門性・独自性を持つ企業・店だけが、どのような経営環境にあってもみずから市場を創造することができます。専門性・独自性を高め続けることこそ、商人が何より優先すべきお客様への約束なのです。

 

 

早朝4時、新潟市の中央卸売市場はすでに仕入れ人たちの熱気に満ちていました。水産棟のいたるところには、水揚げされたばかりの新鮮な魚介類が並べられています。発泡スチロール箱のフタを開けながら眼光鋭く中身を確かめているのは、鮮魚専門店チェーン「角上魚類」の栁下浩三会長です。

 

日本人の魚介類の消費量は年を追って減少しています。農林水産省の「食料需給表」によれば、食用魚介類の1人1年当たりの消費量は2001年の40.2kgをピークに減少。2011年に食用肉類に逆転されて以来、その差を広げられています。

 

こうした「魚離れ」の逆風にあり、衰退業種と言われる鮮魚店ながら、角上魚類の業績には目を見張ります。売上高は408億2900万円(2023年3月期/前期比1.9%増)であり、業績の高さは最近だけのことではありません。12期前の2011年3月期と比べると売上高は29.8%増という成長ぶりです。

 

「さぞかし店数を増やしたのでは」と訳知り顔で言う人がいるかもしれませんが、同社はここ10年ほど22店舗を店数の上限としています。つまり、1店舗あたりの収益を伸ばし続けているのです。

 

「利は元にあり」と古来言われるように、仕入れは商人の真価の見せどころです。だから、角上魚類では社長みずからも市場での仕入れにあたります。魚介類の質、競合バイヤーたちの顔ぶれ、そして何より売価を睨みつつ、狙った良品を競り落としていきます。新潟と東京・築地市場のバイヤーがお互いに連絡を取り合い、新鮮な魚介類を最も安い価格で入手する体制をとっています。

 

競りが終わればすぐさま新潟と築地から直接、関越自動車道を走って各店に送り届けます。それが鮮度抜群の魚介類を破格の安さで売ることができる同社の仕組みの一つです。

 

柳下さんのお客様への約束とは「日本一の魚屋」であることです。「日本一とは売上げや店舗数のことではありません。質での日本一です。途中に何軒店があっても、お客さまがそこを通り越してわざわざ来てくださる。各店がそんな地域で断トツの魚屋になるということです。私が今でも魚を直接仕入れ、店を見て回っているのはそのためです。店は現在22店舗ですが、質を下げてまで店数を増やすつもりはありません」と栁下さんは物静かに語ります。

 

「日本一の魚屋」というお客様への約束を果たすために、同社には四つの目標があります。「鮮度はよいか、値段はよいか、配列はよいか、態度はよいか」からなる「四つのよいか」という店舗運営のルールです。

 

配列とは、品揃えと売場陳列を言います。態度とは、「社心」と呼ぶ同社の経営理念「買う心 同じ心で 売る心」に表現されるように、お客様に気持ちよく応対し、親切に接すること。「自分がお客さまだったら、こうしてもらったらうれしい、こうしてもらったらありがたい」ことを実践するのです。

 

 

0.05%――これは角上魚類の廃棄ロス率。全国スーパーマーケット協会の統計によると水産部門のそれが8.1%ですから、この数字がどれだけの価値を持つかがわかります。

 

スーパーマーケットの多くが冷凍・塩干のセルフ販売に手を染めていったのとは逆に、同社では穫れたて丸魚の対面接客で販売が特徴。珍しいものであれば調理方法を丁寧に説明し、さばくのに難しい魚は三枚におろしたり、切り身にしたりするという下加工のサービスを展開。旬の魚が本来持つおいしさを言葉と手をかけて販売することで、魚のおいしさに目覚めたリピーター客を育てています。

 

これらの売れ行きをチェックしながら、焼き物、揚げ物、煮物などの惣菜への加工に回していき、営業時間中にすっかり売り切ります。もちろん刺身、寿司の充実ぶりも他店の比ではありません。店長をはじめとするスタッフの知識と技術力のたまものです。

 

「廃棄ロスを少なくすれば、初めから値入れを高くする必要がなく安く提供できます。刺身、寿司、惣菜と加工度が上がれば利益も取れるから、その分、ほかの高級魚を安くできます。儲けるのではなく、お客さまに還元するのが当社の方針です。なにより『販売する魚があってこそ我々は商売ができる。廃棄は社会への背信行為だ』と社長から叩き込まれています」とは、同社一番店の小平店の店長。

 

これまで多くのスーパーマーケットでは、多店舗展開の必要条件となる標準化を理由に仕入れを規格化し、セルフ販売によってお客様と接する機会を自ら減らしてきました。その結果、お客様が珍しくておいしい魚に出合ったり、新しい食べ方を学ぶ機会を奪ってきました。それはお客様の豊かな未来を奪う行為にほかなりません。

 

顧客に魚の知識や食べ方を伝えて売るという昔ながらの魚屋を、実は生活者も望んでいるのです。その事実を角上魚類は証明しています。

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笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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