「祖母が遺した形見のきものをうまく生かせず、捨ててしまったことがありました。そのもどかしさ、悔しさ、後ろめたさが僕の原点にあります」
こう語る店主の店があるのは、埼玉県本庄市。中山道六十九次最大の宿場町として各地から多くの人や産物が集中し、明治以降は生糸・絹織物の産地として栄え、遷都の候補地として推されたほどのにぎわいを誇った。
今は昔。商店街には空き店舗が目立ち、日を追うごとに廃業も進む。一方、かつての栄華の名残を感じさせる蔵や煉瓦造りの建物も少なくない。その一つ、旧中山道沿いの国登録有形文化財・旧本庄仲町郵便局にその店はある。
伝統の織物と現代生活の融合
旧郵便局の重厚なドアを開くと、色とりどりの帽子が出迎えてくれる。西陣織、桐生織、本庄絣、伊勢崎銘仙など日本各地のさまざまな織物でつくられた帽子がおよそ160個。それら一つひとつを手がけ、商うのが「ワンダーファブリック (W@nder Fabric)」の店主、今井俊之さんだ。
本庄市の隣町、上里町生まれの今井さんは本庄市内の高校卒業後、東京でファッションを学ぶ。2016年、都内でファッションブランド「ワンダーファブリック」を立ち上げ、オンラインストアを開業した。
「古着物、帯を仕入れ、手作業により解体を行い、水を通した独自のクリーニング方法でほこりや汚れを落とし、再度生地へ戻してキャップに仕立てます」というとおり、裁断から縫製まですべての工程を一人で製作する。日本古来の伝統技術や文化の結晶ともいえる織物と、私たちが普段の暮らしで身につける帽子の融合という原点には、祖母の形見を活かしきれなかった苦い思いがあるという。
2017年、2人目の子の出産を機に帰郷し、翌年に本庄市内に工房を設立。縫製技術とオンライン運営の向上に努めていると、ドイツから国営放送局がわざわざ取材に来た。「この商品を極めれば、県外や海外からでも時間をかけて来てくれるのではないか」と店舗併設のオープンな工房を構想、2023年3月、今井さんの思いは旧郵便局に結実した。数々の帽子が陳列された1階の景観は訪問客にとってまさに「ワンダー」というべきものあり、手つかずの2階には今後の事業展開に余地を残している。
「柄には、自然と共存していた日本のアイデンティティを感じられるデザインが施されています。草や花、山や雲、扇や鶴などの模様はすべてそれぞれの意味を持っています。かつて日本を鮮やかに飾った時代の空気感を活かして、今のライフスタイルに合わせて需要を生み出す。それが伝統織物文化を守ることにつながると思うのです」
今井さんはそれを「歴史を身にまとう」と表現。織物を素材とした帽子は最低でも1万円以上、金糸を織り込んだ織物を使うものだと価格は一桁以上上がる。それでも独自の価値を持つ商品は国内外に多くの顧客を持ち、大手セレクトショップからの引き合いも絶えない。
古くして新しきもののみ永遠不滅
「日本の伝統を支えてきた織元さんへの敬意を持ちつつ、海外での認知をさらに高め、アート性の高い作品にも挑戦したい」というビジョンを聞き、思い出した言葉がある。
古くして古きもの滅び
新しくして新しきものまた滅ぶ
古くして新しきもののみ
永遠にして不滅
これは商業界ゼミナール草創期の指導者、新保民八の言葉。戦前戦後にかけて、広告宣伝の第一人者としても名高かった経営指導者である。
いったい何が古く、何が新しいのだろうか。各行前半のそれは伝統や歴史であり、思想や技術の熟成度といった経営の “在り方”を指す。後半のそれはビジネスモデルや経営手法、つまり経営の“やり方”を指している。
事業とは、いくら在り方が成熟していても、経営手法が革新性を失えば滅びる。一方、経営手法が革新的であっても、在り方が未成熟であればやはり滅びる。唯一、永遠にして不滅たりうるのは、時代のニーズをとらえた革新的な経営手法と、伝統に裏打ちされた在り方の組み合わせのみだと、新保はいう。
本庄という歴史あるまちで営まれる今井さんの商いは、まさにこの言葉そのものである。