笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

四季折々においしい魚が揚がる瀬戸内海沿いのまちに、高い専門性を持ち、それを伝えようと取り組み続ける店があります。戦国末期から続く商人のまち、岡山市表町商店街で1962年に創業、以来三代にわたって鮮魚店を営む「宮脇商店」です。

 

親子二代にわたり良いものにこだわる

 

 

初代の宮脇俊廣は魚料理専門店での修業を経て独立、行商から業を興した人物。市内を流れる旭川沿いあった魚市場から仕入れた地魚を主に扱い、単に安さを訴求する商いに手を染めることなく、鮮度の高さと品質にこだわり続けたそうです。

 

創業翌年に法人化、1972年に現在地へ移転。続けて、百貨店の三越(現・三越伊勢丹)やスーパーマーケットへテナント出店、ピーク時には4店舗を数えた。三越からの信頼も厚く、中元歳暮ギフトカタログにも地物の「焼きあなご」を30年以上掲載し続けています。

 

また卸でも、多くの飲食店にそれぞれのニーズに応じた商品を提供、その信頼にこたえつづけています。限られた業者にしか認められない買参権(魚市場で行われる競りに直接入札できる権利)を持ち、「宮脇さんにはきちんとした良いものが揃っている」というお客様からの信頼を守り続けてきました。

 

「お客様に良いものをお届けする。それが信用を育む。それがうちの商いです」と語るのは創業者の娘であり、三代目の宮脇由恵さん。2歳違いの兄であり、二代目の徹さんから代表権を引き継ぎました。

 

 

兄・徹さんは東京の百貨店で修業の後、帰郷して家業に入りました。ほどなく1995年に父から代表権を承継し、父母を援けて店を切り盛りしていました。一方、宮脇さん自身は東京のイベント企画運営会社で働いており、「(父から兄へと承継されているから)私は家業に戻るつもりはなかった」といいます。しかし1998年、父の死去で状況が変わります。「母を援けたい」と決心して、宮脇さんは家業に入ったのです。

 

兄は経営全般、妹は経理や販促と兄妹で協力して店を盛り立てました。宮脇さんは、インターネット黎明期の2003年にはホームページを開設して通販を開始。2009年にはギフトブランド「吉備津家」を立ち上げ、楽天市場やヤフーショッピングでの販売と販路開拓に取り組んだのです。

 

「吉備津家という屋号は父の代から、三越ギフトで使っていたものです。よく吉備津屋と間違われますが、 “家”にこだわるのは瀬戸内の家庭の味を大切にしてお客様に楽しんでもらいたいという思いからです」と宮脇さんはいいます。

 

危機に負けずに挑戦を続ける覚悟

 

 

2020年5月、ホームページをリニューアルし、インターネット通販のチャネルを自社サイト一本に絞ります。人気商品は「鰆の味噌漬け」「ままかりの酢漬け」「ままかりの南蛮漬け」「特選ばら寿司の具」など、瀬戸内の魚介類を丁寧に加工したものです。中元歳暮の時期に加えて、父の日、敬老の日の需要が高いのが特徴といいます。

 

たとえば、人気ナンバーワンの「鰆の味噌漬け」は、刺身で食べられるほど鮮度のよい鰆を、初代から継承する地元味噌メーカーの特製味噌に付け込んだ商品。そのおいしさに魅了されたお客様の多くが、楽天市場からの撤退後も吉備津家のサイトを探し出してリピートしてくれている」といいます。

 

そんな矢先、多くの商業者を苦しめる新型コロナウイルス感染症が襲いました。宮脇商店の売上の多くを占めているのが卸部門で、そのお客様はコロナ禍によって最もダメージを被った飲食店です。納入先の売上不振とは無縁ではいられず、宮脇商店も影響を受けました。

 

「地元のお客様においしい魚を届け続けるためにも、こういう危機にも揺るがない経営体質をつくっていきたい。卸以外の収益源となる販売チャネルの確立を目的に、ネット通販の強化に取り組んでいます」

 

そんな矢先、宮脇さんをさらなる危機が襲いました。創業者亡き後長らく店を支え、共に汗してきた兄・徹さんの突然の急逝したのです。

 

「商店街にとっても、お客様、取引先、そして地域を大切にするかけがえのない人材でした。我々がこれほどショックなのだから、由恵さんの心中を察するに余りある悲しみです。それなのに由恵さんは、気落ちされるお母さんのため、頼りにしてくれるお客様のため、そしてお兄さんのために、コロナにまけることなくチャレンジを続けています。彼女の頑張りは我々にとっても励みになります」と、地元の先輩商人たちも宮脇さんを応援しています。

 

 

「父、母、兄が育ててきた暖簾を、私も兄の分まで守っていきます。心の広く、人を信じる大きな人だった兄のようにはすぐになれませんが、私なりのやり方でこれからもこの場所で商いを続けます」と、店頭でこれからについて語る宮脇さんに足もとにメダカの水槽があります。看板に書かれた「メダカからクジラまでの魚のみやわき」の言葉どおり、専門分野を深く濃く品揃えする同店に、専門店の神髄の一つを見ることができます。たとえ小さく狭くとも、狭く濃くあろうとするとき、お客様はその商いを認めてくださるのです。

この記事をシェアする
いいね
ツイート
メール
笹井清範

笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

新刊案内

購入はこちらから

好評既刊

売れる人がやっているたった4つの繁盛の法則 「ありがとう」があふれる20の店の実践

購入はこちらから

Social Media

人気の記事

都道府県

カテゴリー