笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

「人類は悪夢を乗り越えようとしているようだ。そして、ただ一つの願望、野望、悲痛な願いを抱いているようだ。それは、悪夢が終わり、危機が発生する以前の世界に戻ることだ。私は、そうした無分別な態度に怒りを覚える」

 

300ページ余りの一冊のはじめに、「私の怒り」と題してこう書いているのは“欧州最高峰の知性”と言われるフランスの経済学者であり、思想家のジャック・アタリ氏。一冊とは、パンデミック後の新しい世界に私たちが何をすべきかを提言する『命の経済』です。アタリ氏はこう続けます。

 

「というのは、たとえこのパンデミックが自然に、あるいや治療薬やワクチンのおかげで魔法のように急速に終息したとしても、われわれがパンデミック以前の世界に戻ることはあり得ないからだ」(本書23ページ)

 

私も同感です。パンデミックが終息すれば「お客様はまた戻ってくる」と考え、今をやり過ごし、自らを変えないことの恐ろしさを私たちは強く思うべきです。

 

 

さて、本書のタイトルである「命の経済」とは何でしょうか? アタリ氏は今回の危機で明らかになったこととして、これまでの経済と社会が大規模な、しかし予測可能である事態に対して備えができていないことを指摘しつつ、組織構造、消費、生産の形態を抜本的に見直す必要性を本書で繰り返し事例に基づいて指摘しています。

 

「命の経済」とは具体的には、健康、教育、公衆衛生、食糧、農業、デジタル、安全、文化、流通、グリーンエネルギー、ごみ処理、リサイクルその他の部門。これらは、パンデミックとの戦いに勝利するために必要な部門であり、パンデミックによって必要性が明らかになった部門とアタリ氏は定義しています。

 

どうでしょうか、この中にあなたが携わる仕事はありますか? 「ある」と即答できるなら確信をもって続けましょう。「どうだろう?」と思い悩むなら、あなたの仕事の中に必ず含まれている「命の経済」を見いだし、そこに焦点を当てましょう。

 

次に「命の経済」にどのような価値観で取り組むべきかについて、アタリ氏は鍵になるものとして「利他主義」を挙げています。漢字一字で表現するなら「恕」であり、和語ならば「おもいやり」となるものです。

 

「単に利他主義と言っても、隣人に対する利他主義だけでなく、将来世代に対する利他主義もあります。だからまずは、将来世代が消滅してしまうことがないように条件を整えることです。つまり子供たちがのびのびと育つように、より良い人生を送れるように、発展していけるように、そのための条件を整えることです。ですから、他者を尊重することは、将来世代に対する尊重でもあるのです。もちろん弱者や女性、子供、自分を守る術を持たない人たち、マイノリティに対する尊重もあります。それがすべての鍵になります。加えて人類以外の生命、自然の尊重ということもあります。じっさい人間は自然の一部でしかないわけですから」(日立製作所「Executive Foresight Online」でのインタビューより)

 

また、アタリ氏は本書を「未来へ向けて:儚くもすばらしい命を生きる」と題して次のように締めくくっています。日々の感染者数に振り回され、売上に悩むのは仕方のないことです。だからこそ遠くを見て、未来を考えることの大切さを教えてくれます。長い引用を許してください。

 

「危機後の世界を考えることは、俯瞰的に考察することであり、命について、そして人類の置かれている状況について思いを馳せることだ。かくも儚く脆弱であり、驚きに満ちた自分たちの人生をどのようにしたいのかを熟慮することだ。人生はまた、稀有なものでもある。

 

それは他者の命について考えることであり、人類として生きとし生けるものについて志向を巡らせることだ。

 

死の恐怖ではなく、生きる喜びのなかでこれらのことを考える。一つ一つの瞬間を快活に生きる。われわれは全員が死を宣告された存在である。その顔には死刑囚の笑みが浮かぶ。その心は、未来を可能にする人々への感謝に包まれ、惨事に対して十分な備えのある世界をつくろうとする大志に満たされる。間違いなく不可避であるこれらの惨事に対し、準備が万全であるがゆえに、事前の不安も、渦中での心配も必要がなくなる世界をつくるのだ。われわれ自身、われわれの子供たち、われわれの孫たち、そしてその孫たちのために。

 

もし、われわれが今、彼らに配慮するなら、彼らには数多くのすばらしい出来事、胸躍る出来事が待っている」(本文290ページ)

 

未来のために商う——こう伝えた先人がいます。商業界創立者・倉本長治は「何のために商うのか」と問われ、次のように答えました。この言葉にアタリ氏の提言との共通点を見るのです。

 

「商売は今日のものではない。
永遠のもの
未来のものと考えていい。
それでこそ、
本当の商人なのである。
人は今日よりも
より良き未来に生きねばいけない」

 

この記事をシェアする
いいね
ツイート
メール
笹井清範

笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

新刊案内

購入はこちらから

好評既刊

売れる人がやっているたった4つの繁盛の法則 「ありがとう」があふれる20の店の実践

購入はこちらから

Social Media

人気の記事

都道府県

カテゴリー