笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

お客様に愛され、繁盛する商人には、一目でわかる共通点があります。それは素敵な笑顔。老若男女どんな商人も、見る者を明るくさせる笑顔の人は大成します。小から大まで、さまざまな業種業態の商人を取材してきた経験から得た確信の一つです。

 

「大成」といっても、売上高が大きいとか、多くの店を展開しているという意味ではありません。お客様の喜びを自分の喜びと感じられ、商人として商うことと人として悔いなく生きることが一致する人だけが得られる“至上の幸福感”を指します。そんな店には必ず、誰かに伝えたくなるような商品があり、お客様との絆があります。

 

 

西の京と呼ばれる文化と歴史のまち、山口市にもそんな商人たちがいます。

 

 思い出の店、懐かしい味

 

文教地区の一角、市役所前にある創業1926年の「モリのパン」には名物が二つあります。いえ、二人と言い換えましょう。70年以上にわたって職人としてパンを焼き、商人として店を営んできた3代目・信子さんと、4代目候補として祖母と共に働く孫の森彩菜さんです。

 

森さんが店を手伝い始めたのは2年ほど前。赤ん坊のころから働く祖母に背負われ、彼女の商いに接してきたものの、本人いわく「一つのことにしか集中できない」性格ゆえ、一時は事務職としてのプロフェッショナルを目指します。その際には、それまで熱中していた菓子づくりもスパッとやめ、集めた道具も手放したのです。

 

「朝4時からパンを焼いて、閉店は夜7時半。よく一人でやってきたと思いました」

 

勤務先の職場環境が変わり時間に余裕が生まれ、「軽い気持ちで」店を手伝い始めると、森さんはあらためて祖母と店の現状を知ることになります。かつては近隣の学校にも卸していましたが、祖母の体力の衰えに合わせて商いは細くなり、月末には支払いのために年金を充てることも増えていったのです。店の手入れも、思うようにはいかなくなります。

 

それでも、「モリパン」と呼んで親しんできた味を懐かしみ、祖母とのふれあいを求めて訪れるお客様の存在を、森さんはたびたび目の当たりにします。5年後に創業100年を控えるモリパンは、多くのお客様の人生にも大切な思い出の店でした。加えて、「モリパンはおばあちゃんの人生そのもの。何よりもお客様に喜んでもらうことを第一に考えてきたおばあちゃんが亡くなった後、お店も亡くなっていいのか」という思いが森さんの中で大きくなっていきます。

 

 

手伝い始めて2カ月後、森さんは勤務先を退職。本当に集中すべきことを見つけたのです。

 

「人生は喜ばせごっこ」

 

座右の銘は「人生は喜ばせごっこ」。森さんは祖母を助け、お客様に喜んでもらおうとさまざまな改革に取り組みます。菓子づくりの経験を商品開発に生かし、スコーンを新たな看板商品に育てました。祖母とのやりとりや商品づくりへの思いを、好きな漫画で表現してSNSで発信するようになると、新しいお客様も数多く来店くださるようになっていきました。

 

「おばあちゃんのために」「お客様のために」という責任感から、一日一日を130%の力で取り組み、一日の終わりには倒れ込むように動き続けてきた森さんの気持ちを揺るがす出来事が起こります。4月のある雨と雷の強い日、設備の老朽化から店舗が漏電。しかも、森さんが働きだしてから2度目でした。復旧のためには銀行から新たに借り入れをしなければなりません。

 

 

「張り詰めていた糸が切れたような、心にポッカリと穴が空いたようでした。お店を守ろうと頑張ってきたのに、自分には無理かもしれないと空しくなりました」

 

そんな彼女を救ったのが、娘の奮闘を見守っていた母のひと言でした。

 

「あなたが心から楽しいと思えなくなったら、モリパンをやめてほしい。親としてのお願いね」

 

この原稿を書き上げた朝、森さんのツイッター(山口市役所前のモリのパン)を覗くと、今日もおいしそうなスコーンが上がっていました。サクッ、ほろっ、しっとりという理想のおいしさを目指して材料を変え、製法の工夫を重ねているといいます。

 

 

コンセプトは「おいしい たのしい なつかしい」。だから売場には、長年にわたって店を支え、お客様に愛されてきた商品も並びます。「モリパンを通じて人々に幸せを届ける」を事業理念とする同店を、まちの人たちはいつしか「モリパン劇場」と呼んでいます。

 

三つの「や」を重ねる

 

「やるべきこと」という責任感、「やりたいこと」という自己実現願望、「やれること」という実力、これら三つの「や」のそれぞれが形づくる円が重なる部分が増えるほど、人は自らの喜びを増しつつ、大切な人をより大切にできます。そして、それらはどれかを得るとどれかを失うトレードオフの関係にあるものではありません。

 

 

それぞれがバランスよく大きくなったとき、自然と重なる面積も広がります。森さんは母のひと言でそれを学んだようです。「自分が気持ちを込めてつくったものをお客様が喜んでくださり、自分もそれで生活をしていける。そんな幸せはないと知ってしまっているので、この仕事がやめられません」という森さんに将来のビジョンを訊くと、「……ありません」。

 

「毎日懸命に取り組んでいると、そのときどきに見えてくる課題があります。それを一日、一週、一カ月、一年、十年と向き合い続けていくのが私らしい人生です」

 

取材の最後に、二人の並んだ写真を撮らせてもらいました。よく似た笑顔が並んだ写真を見て、「なるほど、たしかに劇場だ」と納得。この劇場には、看板女優が二人います。

 

それぞれに個性的でありながら、じつによく似ている祖母と孫。だから、喧嘩もよくするらしい。それも互いに引かずに、かなり激しく。それもまた、モリパン劇場の人気公演の一つなのでしょう。

 

 

TwitterInstagramなどでモリパン劇場の日常が公開されています。あなたのぜひ覗いてみてください。仮にあなたが元気を失っていても、試行錯誤しながら懸命に商いに励む姿に、元気を受け取ることができるでしょう。

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笹井清範

笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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