おやじとおじさん。先日来、妻と折々に話題にするのがこの二つの言葉の違いです。それぞれがどんなニュアンスを含んでいるのかを考えるたびに、日本語の幅と深みを感じさせます。
年齢を考えれば、私もそのどちらか(または両方)ですから、その違いを知っておきたい――そんなアンテナに引っかかった一冊の本がありました。“部類のおじさんコレクター”を自称する作家であり、イラストレーターの金井真紀さんによる『パリの素敵なおじさん』です。
パリ在住40年のジャーナリスト、広岡裕児さんの導きによりパリの街を歩き回り、金井さんの磨かれた“選おじさん眼”で集めた67人のおじさんインタビュー集です。そこには、ルーツ、宗教、肌の色、職業、ファッション、ライフスタイルもさまざまなおじさんが登場。まるでおじさんの標本箱のようです。
「愛においても、料理においても、早いことはよくない」
たとえば、こんなビーンボールぎりぎりのジョークが似合うのは、パリ郊外でフレンチレストランを営むおじさん、マレック・ダウドさん。地中海でいちばん古い言葉を持つベルベル人の一部族が彼のルーツと言います。
著者に、人生でいちばん大切なことを問われると、彼は迷うことなく「愛」と答えています。先ほどの下ネタは彼の格言。レストランの店内に書かれているそうです。ほかにも、「人を愛さなければ、料理はできない」「料理は芸術であり、分かち合う贈り物である」といったものがあり、パリ郊外まで出かけて、彼のつくる料理を食べてみたくなります。
本書にはもう一つの特徴があります。カバーにかかる帯が4種類あるという点です。増刷のたびに帯を更新していくことは珍しくありませんが、同時に複数の帯は珍しい。これも、おじさんの多様性のたまものでしょう。
ちなみに私が手にした一冊の帯には「ほとんどの問題は他者を尊重しないから起こる」と書かれています。同感です。
読後も、おやじ・おじさん問題は解決していません。ただ、本書に登場するおじさんたちのように、個性的であり、人生を楽しみ、こだわりを持ち、そして他者を尊重する生き方をしていきたいと思うのです。
そして、そうしたおじさんのいる店は必ず素敵です。取材を通じて知り合った、そんなおじさんたちの顔が何人も浮かびます。私の取材は、そうしたおじさん探しなのかもしれません。もちろん、おじいさんも、おばあさんも、おばさんも、おにいさんも、おねえさんも大歓迎ですが。