笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

今日、残念ながらその店はありませんが、「十円のお客様を大切にしてほしい」と毎朝の朝礼で従業員に説き続けた商人がいました。「千円のお客様も大切だが、十円のお客様100人に喜んでいただくほうが、商人としての喜びは大きくなる」と、同店では葱一本、卵一個、油揚げ一枚のお客様も分け隔てなく大切していたのです。だから、店はいつも常連のお客様でにぎわっていました。

 

その中の一人に、食用油一合を毎朝買いに訪れるおばあさんがいました。いつも一人の女性店員が注文のたびに油を計って対応していましたが、どうしても待たせしてしまうし、おばあさんも店の手間に対して申し訳なさそうにしていることが気がかりでした。「自分があのお客様だったら、どんな気持ちだろう」と、彼女はお客様の視点に立って考えたのです。

 

そこで店員はおばあさんに気を遣わせまいと、前日の営業後に油を計っておき、朝はこれまで以上に会話を交わしてからお渡しするようにしました。おばあさんとの心の距離が縮まり、彼女にとってもそのひとときは大切な時間になったのです。こうした細やかな心遣いゆえ、その店員にはほかにも多くの愛顧客がおり、彼ら彼女たちとの楽しげな会話が絶えなかったといいます。

 

ある朝、おばあさんが来店すると、その店員がいません。聞くと、結婚を機に退職し、明朝には故郷に帰るとのこと。翌朝、おばあさんは開店前にやってきて、夜なべして編んだというレースの編み物を手に、「結婚のお祝いに渡してほしい。健康に気をつけるようにと伝えてください」と念を押して帰っていったそうです。

 

同店には彼女以外にもこうしたエピソードを持つ従業員が多く、それこそが多くのお客様が繰り返し訪れる繁盛をもたらしていました。もし、購入金額の低い顧客だからとぞんざいに接していたら、こうした物語は生まれたでしょうか。商人の道、それは誠実さを尽くす人間の道にほかなりません。単に物の売り買いだけの関係を超えた絆づくりこそ、私たちの仕事です。

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笹井清範

笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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