笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

たった一人のお客様のために

1973年、静岡市の福地道昭さんは妻と二人で「モルティー」という小さな美容室を始めました。その“普通”の美容室が1996年に、後に評判になる新規ビジネスをスタート。キャピングカーのような大型車を改造した移動美容室でした。

 

きっかけは、なじみ客だったおばあさんがある日ぱったり来なくなったことでした。聞けば体調を悪くして特養老人施設に入ったといいます。髪を洗ったり染めたりするのを楽しみに毎週のように来店していたのに、それができなくなってさぞかし悲しい思いをしているのではないか――福地さんはその顧客のことが頭から離れなくなりました。

 

そこで、設備投資1700万円をかけて美容室仕様の改造移動車を購入。市場調査もろくにせずに、たった一人の顧客のために新規ビジネスに乗り出したのでした。それなのに、そのおばあさんが入居している施設に打診すると、けんもほろろに断られました。

 

地域の理髪店との関係もあって、新しい外部業者をなかなか受け入れてくれません。ほかの施設も同様の扱いでした。

後で聞いたところによると、特養老人施設では洗髪が楽なように「施設カット」という刈り上げカットが主流なのだといいます。

 

「しかし、それは施設側の理由で、本人はもっとおしゃれを楽しみたいはず」と福地さんは考えました。その後も、本業の美容室は妻と従業員に任せて、福地さんは移動美容室の営業に精を込めました。

 

しかし、半年間一件の契約もとれませんでした。高い改造車を購入した手前、家族にも弱音を吐けず、一人で苦しい思いをしたといいます。店舗の利益はすべて移動美容室の赤字補填に回っていました。移動美容室の赤字は、この後5年間も続くことになります。

 

スタートして半年後、やっと一軒の施設で認めてもらい、そこでの信用を基に少しずつでしたが契約を増やしていきました。最初に断られた施設の契約もとれ、あのおばあさんにも美容サービスを施すことができました。

 

やがて転機が訪れました。法改正による規制緩和で特養施設が民間でも開業できることになり、競合施設と差別化するために新たなサービスの導入が始まったのです。フォローの風を感じた福地さんは「老人ホームの付加価値サービス」として積極的に営業をかけ、新しいビジネスモデルとして、メディアでも取り上げられるようになり、事業は軌道に乗りました。

 

福地さんは、移動美容室を始めた1996年に、経営理念を「すべての人たちがおしゃれで美しく、そして、さわやかな気持ちになっていただくよう、お手伝いする」と定めました。たった一人のおばあさんのために起した行動が新しいビジネスを生みだし、それをきっかけに「すべての人々」をおしゃれにすることを事業目的としたモルティー。

 

そういう高い志を持つ店だからこそ、多くのお客がモルティーに来店するのでしょう。福地さんの次の夢は、全国を移動美容室で周ることだといいます。

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笹井清範

笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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