企業の競争手段は大きく二つに分けられます。価格の安さを売りとする「価格競争」か、他社にはない価格以外の付加価値を売りとする「非価格競争」です。
法政大学大学院の坂本光司教授(当時)の研究室が実施した「非価格競争に関する調査研究アンケート」によると、国内の中小企業の81%が経営の主軸を価格競争に置いていることが明らかになりました。
この結果に対して坂本教授は「企業経営の本来の目的は、社員、顧客、取引先といった関係者とその家族、そして地域社会を幸せにすることにあります。誰かを犠牲にした価格競争にいそしむ経営が、人を幸せにすることなどあり得ません」と警鐘を鳴らしています。
一方、「オンリーワンの非価格競争にシフトすれば、その苦しみから抜け出すことができます」と坂本教授。今回は、安易な安売りに走ることなく、価値を伝えて顧客の信頼を集める商人の物語です。
基準は「自分が欲しい商品か否か」
Tシャツをインターネットで販売する店「イージー」が京都に誕生したのは1995年。折しも同じ年、アメリカではジェフ・ベゾスがオンライン書店としてAmazon.comを立ち上げています。さらに会社登記は、楽天と同年同月同日の1997年2月7日。インターネット通販草創期からの老舗というべき存在です。
以来、累計30万人のお客様に同一価格で公正に販売してきました。その人気の秘密は、お客様に対して自らが最高と確信する商品を、価値に見合った価格で提供してきた姿勢にあります。
品揃えは、シンプルなモノトーンのTシャツ一筋。ただし、オリジナリティにあふれた商品の品質へのこだわりはとどまるところを知りません。生地、カッティング、フォルム、色と企画段階から商品化に至る過程のすべてに徹底したこだわりが込められています。
「商品開発には自らの時間を存分に使うだけのこと。コストを意識するよりも、『自分自身が欲しいと思えるTシャツかどうか?』に重きを置いています」とはイージー店主の岸本栄司さん。扱う商品の大半が岸本さん自ら企画したオリジナルです。
価格設定においても、岸本さんの基準はゆるぎません。イージーの主力商品「無地Tシャツ」は、衣料専門店から百貨店までさまざまな業態で販売されている商品。しかし、その価格は業態によってピンからキリまで存在します。岸本さんは自らの値づけの哲学を次のように語ります。
「良い物をつくれば、それだけ原価がかかる。しかし、物には相場があり、質に見合った適切な売価がある。ほんまもんの商売とは価格を、主体性を持って決める営みです。儲かる/儲からない、売れる/売れないは販売者の責任。何も考えずに安い売価をつければ、その程度の店だと思われ、お客様の信頼を失うことにもなる。基準としているのは、私自身が納得して買い得る価格であることです」
価値の伝え方としては、商品の持つセールスポイントを徹底的に解説。たとえば、品質を伝えるために、自身が客として納得できる素材を糸から選んでいることや、製造を委託している取引先との出会いや交渉方法、自社製品独自の織り方で生地をつくっていることなどの詳細をホームページで伝えている。
「説明文を交えながら、何がセールスポイントなのかを伝えていく努力をしています。ここに感じ入っていただけるお客様が、必ず存在するはずだと信じています」
価格への信頼は商人への信頼
どのような思いを持って商品を企画・製造しているのか? その製造方法はどのようなものなのか? 一つひとつの要素について丁寧に説明するのが岸本流。いわば、店頭での商品説明や接客と同じ手法で、小売業としての姿勢は実際の店舗とネット通販も変わりません。
「お客様はどこで買うかではなく、誰から買うかを決めるもの。商人は自らのスタイルに自信を持って、お客様に提案するべき存在です」
岸本さんの商いの哲学は「Good Value For Money」。つまり、お客様に対して売価に納得していただける最高の値打ちを提供すること。イージーが提案するのは、岸本栄司というプロフェッショナルがこだわり抜いたTシャツのみです。つまり価格とは、岸田栄司という人間に対する値づけにほかならないのです。