師と言え、今も折々に思う人が亡くなったのは1989年12月15日のことでした。享年89歳。商業界創立者、倉本長治の後を継いで、一貫して真商人道の普及と商業の社会的地位の向上を提唱した倉本初夫主幹です。
駆け出しの編集者の頃から、毎月執筆されていた雑誌「商業界」の巻頭言の原稿を担当させていただいていました。文中に私の理解の及ばない点があり、質問をするといつも丁寧に応えてくださったこと、それが私の学びの場でした。
次に紹介するのは、長治主幹の頃より縁の深かった企業、ダスキンの社員研修で初夫主幹がお話になったときの冊子からの引用です。テーマは「客の心を心とせよ」。講演載録ですから、初夫主幹の話しぶりがそのまま活字になっており、読み返すと、そのお声が聞こえてくるようです。
今日は、その一部「好きでなければ仕事とは言えない」を紹介します。あなたは、何のために今の商売をしているのでしょうか。初夫主幹が問いかけています。
仕事というのは、金が欲しいからやっているなどと思っているはダメですね。私はよく、「あなたは何のために商売しているの?」と聞きます。そうすると、たいがいウッと詰まります。そして、しばらく考えて、「やはり食って行かなくちゃならないですからね」などとドライなことを言う人がいます。「ああ、あんた食えりゃいいのね、食えりゃいいんだったら、商売辞めてくれや」と言いたくなりますね。
そうではない。やはり「お客さんのために、少しでも役に立とうと思って、頑張っているんですよ」と言ってくれたら、そうだ、それだったら、頑張る方法をもっと勉強しましょうよ、と言えますよね。
というのは、ただ頑張ってもしょうがない。実現するためには、努力しなければいけない。努力するためには、辛い思いもしなければいけない。でも、辛い思いをすることによって、その向こうに素晴らしい世界があるということが分かれば、やりがいがありますね。やりがいがあって実現した時の喜びというのは、10倍、20倍になるでしょう。それがやはり、生きていくことだと思うのです。
それだったら、仕事を好きになりなさい。好きになったら、やる気になるから、もっとやりなさい。仕事は、好きでなければ、仕事と言わないのです。仕事というのは、好きだから、仕事というのですよ。そうでなければ、それは仕事ではなく、見栄でやっているだけのこと、心が入らない。だから、仕事を好きになりなさい。好きでなければ、仕事じゃないと私は言っております。