笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

説明より物語

棚の前で、足が止まる人がいます。手に取っては戻し、また別の商品に目を移す。迷っているのに、店員には声をかけない。こちらから話しかけると、笑って「大丈夫です」と言いながら、結局何も買わずに出ていく――。あなたの店でも、あるかもしれません。

 

売場に足りないのは、情報でしょうか。価格でしょうか。品揃えでしょうか。私は、別の答えに行き着きます。足りないのは「説明」ではなく、その人が自分の暮らしに置き換えられる“物語”なのだ、と。

 

そして、ここが大事なところです。売場の物語は、大勢に向けて語らなくていいのです。あなたが普段からそうされているように、たった一人に届く言葉で十分です。むしろ、そのほうが強い。

 

客は商品ではなく“自分の未来”を買う

 

品質、産地、サイズ、素材、機能――説明は必要です。しかし、説明が増えるほど売れるかというと、そうはなりません。なぜなら、生活防衛の時代ほど人は慎重になり、情報が多いほど「選べない疲れ」に落ちやすいからです。

 

お客さまが本当に欲しいのは、スペックではありません。「これを買うと、私の今日がどう変わるか」「失敗しないか」「自分に似合うか」「家族が喜ぶか」といった“未来の手ざわり”です。物語とは、要するにこの未来を具体的に見せることです。“商品の説明”から“生活の情景”へ――売場に必要な言葉は後者です。

 

「たった一人」を決めると言葉が立ち上がる

 

売場が説明書になってしまうのは、誰に向けて話しているのかが曖昧だからです。万人に伝えようとすると、言葉は薄まります。結果、「良い商品です」「おすすめです」「人気です」という、どこにでもある文章に落ち着いてしまう。

 

逆に、たった一人を決めると、言葉が急に具体的になります。たとえば――

 

仕事帰りで、夕食の支度に疲れている人。
家族の健康を気にしつつ、買い物の失敗が怖い人。
初めてこの店に入ったけれど、何を選べばいいか分からない人。
プレゼント選びで、外したくない人。

 

この「一人」が見えると、売場が語るべき物語は自然に決まります。その人が抱えている不安、迷い、願いに、商品がどう寄り添えるか。そこから語ればいいのです。

 

売場を物語に変える三つの「翻訳」

 

物語といっても、長い文章は必要ありません。要は、説明を“生活の言葉”に翻訳することです。その方法を三つ披露しましょう。それほど難しいことではありません。なぜなら、あなたは商人である前に、一人の生活者だからです。

 

翻訳①「何ができるか」ではなく「どんな日になるか」
機能説明は「できること」を語ります。物語は「そうなる日」を語ります。たとえば、「保温性が高い」ではなく、「最後の一口まであったかい。寒い日の味方です」というふうにです。「軽い」ではなく、「帰り道の袋が軽くなる。毎日のストレスが減ります」というふうにです。

翻訳②「誰に向くか」を先に言う
たった一人に届く売場は、最初に“あなた向けです”と示します。たとえば、「迷ったらこれ」「初めての人はこれ」「家族の健康が気になる人へ」と言われると、人は安心して読み進められます。選ぶ疲れが減るからです。

 

翻訳③「失敗しない理由」を短く添える
生活防衛の時代、お客さまは失敗を怖がります。だから「おすすめ」より、「おすすめできる理由」が欲しいのです。しかも短く。「この価格で、こんなに持ちがいい」「これなら手入れが簡単」「今日はこれがいちばん状態がいい」といった理由が一行あるだけで、売場は信頼に変わります。

 

第三者の説明から自分自身の物語へ

 

ある店で、定番商品が「良いのに動かない」という悩みがありました。POPには素材や産地が丁寧に書かれていた。けれど、読まれない。迷いの前で足が止まり、手に取って戻される。まさに“説明書売場”でした。

 

店主は常連の購入客にひとこと、「これ、何がいちばんいいですか?」と聞きました。すると返ってきたのは、スペックではありませんでした。「これがあると、朝がラクになる」「失敗しないから、迷わなくて済む」「結局これに戻る」というように、自分が感じることでした。

 

そこで店主はPOPを変えました。説明を削り、こう書いたのです。「迷った朝は、これ。失敗しない定番です」――そして下に一行だけ理由を添えました。「味がぶれない。家族の反応が安定する」。すると、その商品は動き出しました。“良いもの”が売れたのではありません。“その人の生活に置けた言葉”が売れたのです。

 

お客様は一人ひとりが大切な恋人

 

最後に、明日からできる具体策を一つ。売場の中で、いちばん伝えたい商品を一つ選んでください。そしてラブレターを書くように、「たった一人」を決めます。その人に向けて、POPを書き換えましょう。構成は次の3点で十分です。

 

「○○なあなたへ」
「これを選ぶと、どんな日になるか」
「失敗しない理由を一行」

 

売場は、説明を並べた場所ではありません。誰かの暮らしが少し良くなる“未来”を並べる場所です。たった一人に届く言葉は、静かに強い。静かに強い言葉は、売場を動かします。そして売場が動き出すと、店の空気が変わります。商いは、そこからもう一段伸びていきます。

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