笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

「お金がない」「経験がない」「人手もない」——商売を始めようとするとき、多くの人が口にする言葉です。しかし、それらは本当に「できない理由」なのでしょうか。

 

いや、むしろ「できる理由」に変えることができる。それを体現した人物こそ、100円ショップの代名詞「ダイソー」の創業者・矢野博丈氏です。今でこそ、ダイソーは国内外に5600店以上を展開し、年間売上7200億円を超える一大企業ですが、その始まりはまさにゼロからのスタートでした。

 

矢野さんは広島で生まれ、大学卒業後に建築資材の営業職を経て、自ら事業を興します。しかし、最初に手がけた水道設備の仕事はうまくいかず、多額の借金を背負ってしまいます。すでに結婚し、子どももいた矢野さんに残されたのは、「何とかして稼がねばならない」という切羽詰まった状況だけでした。

 

そんなときに始めたのが、行商スタイルの「移動販売」でした。バンに商品を積み、スーパーの駐車場や住宅街の空き地にテントを張って、日用品を売る——まさに、原点の“本日開店”です。

 

ところが、店を出すたびに聞かれるのは、値札に関する質問でした。「これ、いくら?」「あれは?」——忙しい中、毎回答えるのが手間になり、「全部100円にしちゃえ!」と思いついたのが、100円均一販売の始まりです。

 

もちろん、周囲は猛反対しました。「そんな安売りでは利益が出ない」「安かろう悪かろうと思われる」など、否定の嵐。しかし、矢野さんはこう考えました。「人の言うとおりにやって失敗したら、誰のせいにするんだ? だったら、自分の信じた方法でやってみよう」。

 

やってみると、思わぬ反応が返ってきました。「全部100円? わかりやすい!」「これも100円? 安い!」と、お客様の目が輝き、どんどん手に取る商品が増えていったのです。

 

やがて、スーパーや商業施設から「うちにも来てほしい」と声がかかるようになり、わずか10年で100店舗を超えるまでに拡大。その後も、「100円=安い」という常識を超え、「100円なのに高品質」「100円でも驚き」という価値を追求し続けました。

 

矢野さんが一貫して大切にしたのは、「お客様が何を求めているか」という視点でした。利益率より、まず「喜ばれること」。見栄えより、まず「役立つこと」。結果として、ダイソーは単なる安売り店ではなく、“生活の工夫と驚きが詰まった店”として多くの人に愛される存在となったのです。

 

この矢野さんの姿勢は、どの業種の商人にも当てはまります。たとえば、立地が悪いと嘆く商人もいるでしょう。ならば、「人通りが少ないからこそ、目的来店を促す仕掛け」を考えればいい。

 

資金が少ないなら、「無駄を省き、知恵で勝負する」。人手がないなら、「お客様が自ら動きたくなる仕組み」を工夫する。つまり、条件が不利だからこそ、他と違う価値が生まれるのです。

 

矢野さんはこう語っています。「人生も商売も、困ったときがチャンスなんです。追い詰められたときほど、知恵と本気が出るんですよ」。その言葉のとおり、困難をチャンスに変える力は、環境でも資金でもなく、「商人の心の中」にこそあります。

 

どれだけ設備が整っていても、どれだけ資金が潤沢でも、「本気の志」がなければ、商いは続きません。逆に、たとえゼロからの出発でも、「誰かを喜ばせたい」「必要とされたい」という強い想いがあれば、道は必ず拓けるのです。

 

私たち商人にとって、本当に必要なのは、「できない理由を並べること」ではなく、「できる方法を考え抜くこと」ではないでしょうか。本日開店。今日も、矢野博丈さんのように「一歩を踏み出す商人」でありたいものです。

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笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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