笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

店に入った瞬間、ふっと心がやわらぐ──。そう感じる店に出会ったことがありますか。広島県福山市の「ナチュラルマーケットIKO」は、まさにそんな店です。棚に並ぶ食品の一つひとつが、生産者の想いをまとい、手書きのPOPは小さな手紙のように語りかけてきます。

 

その空気の中心には、店を一から育ててきた商人、胃甲安俊さんの姿があります。そして今、その背中を黙って追いながら、未来の灯火となろうとしているのが長女の和可子さんです。

 

商いとは煎じ詰めれば、人が人を想う営み。IKOの物語は、その原点をあらためて思い出させてくれます。

 

逆境の中に芽生えた「本物への決意」

 

胃甲家の商いは、ひいおばあさんの“よろず屋”から始まりました。豆腐をつくり、酒を配達し、タバコを売り、田畑を耕し、牛も育てる。生活の匂いがする、手のひらのようなあたたかさを持った店でした。

 

しかし時代は移り変わり、価格競争の嵐は個人商店を容赦なくのみ込みます。若くして家業を継いだ安俊さんを待っていたのは、キユーピーマヨネーズ98円、卵はただのような価格が当たり前の世界。競合と同じ土俵に立てば立つほど、店も心もすり減っていく毎日でした。

 

月末には帳簿は赤字。「なぜこの店は回っているのか」と疑うほど、現実は厳しいものでした。そんな中で安俊さんは静かに、しかし強い確信を持ちました。「本当に良いものを、正しい値段で届けたい。それが人を幸せにする商売だ」という決断が、後にIKOという新しい商いを生むことになります。

 

ナチュラルマーケットIKOの誕生

 

店名を決めるのに、安俊さんは一年悩み続けました。イタリア語も考え、凝った言葉も考えました。けれど最終的に戻ってきたのは、最初の案。「ナチュラルマーケット」――それは肩肘を張らない、やさしく開かれた言葉です。根底には「自然食に興味のある人だけの店じゃ意味がない。みんなのための店でなければ」というビジョンがありました。

 

わかりやすいこと、入っていきやすいこと、しかし内容は尖らせること――その哲学は現在のIKOの空気にもそのまま宿っています。広い空間だった建物に天井を設け、空調を工夫し、2階をイベントスペースにし、店に“学びの気配”を漂わせる。そこには、「店をただの売り場で終わらせたくない」という願いがありました。

 

 

価値を伝えるという商人の誇り

 

IKOの棚には妥協がありません。オリーブオイルひとつ、調味料ひとつにしても、安俊さんは必ず自分の舌と心で確かめます。

 

展示会で生産者に出会えば、「こんなんつくってたらだめよ」と遠慮なく言うそうです。それは買い手の威圧ではなく、“お客さんの代弁者”としての本気の向き合い方です。

 

そして、安俊さんは若いスタッフにこう教えます。「3回すすめて3回とも本物なら、4回目からお客さんは、うちを信頼して買ってくださるようになる」。味で裏切らない。情報で迷わせない。売り手が誠実であればあるほど、商品は輝きを増します。

 

そこには自然と会話が生まれ、信頼が育ちます。気づけばその店は“ただの店”ではなくなっていきます。IKOとは、そんな店です。

 

 

IKOは“食の学校”である

 

安俊さんと私の関係は、いつしか単なる取材をする者とされる者という関係を超えていきました。そのきっかけとなったのが、2018年に安俊さんが地元の福山市で開催した「奇跡の食のフォーラム」です。

 

それぞれの分野で食を極めたスペシャリストが集い、“次の次の世代に本来の食をつなげる”ことをテーマに対談やパネルディスカッションを展開。司会を務めながら、私自身も匠たちが語る食の真実と未来にふれ、食が変わることで未来が変わることを感じました。

 

いまも店内外で開催される食のセミナー、発酵教室、生産者トークを通じて、人と人が語り合い、聴き合い、食の意味を取り戻していく日常がIKOにあります。安俊さんはそれを「店は、人が学ぶ場所になることができる」といいます。

 

“食べ物を買う場所”から“生き方を整える場所”となり、地域にゆっくりと食を大切にする人が増えていく。これこそ、商売が地域に果たせる最大の価値なのだと思わされます。

 

未来への灯火──事業承継者の挑戦

 

安俊さんの長女、胃甲和可子さん。店長として働く彼女はまだ若く、商いのことを「入口に立ったばかり」と語りながら、その瞳には父と同じまっすぐな光が宿っています。

 

人と接するのが好きで、生産者との出会いにワクワクし、SNSで新しい情報やつながりを見つけてくる行動力があります。父とは違う感性を持ち、IKOに新しい“風”を吹き込む存在です。

 

「店は一人ではできない。みんなの心が同じ方を向いて、初めて回り出す」と、安俊さんが日ごろ口にする言葉を、和可子さんは静かに受け止めながら、少しずつ“承継者”としての歩みを始めています。安俊さんが積み重ねてきた“本物の商い”の哲学を未来へと運ぶ力を、確かに持っている人だと感じます。

 

 

商いとは未来を照らす仕事

 

ナチュラルマーケットIKO。食に誠実でありたいとお考えなら、ぜひ訪れてください。その店内には長い歴史と、苦しい日々と、まっすぐな想いと、そしてたくさんの“ありがとう”が積み重なっています。

 

商いとは、売り上げだけで語れる仕事ではありません。誰かの食卓を守り、誰かの健康を支え、誰かの人生に寄り添う仕事です。安俊さんが選んだ道、そして和可子さんが歩み始めた道は、まさにその本質を体現しています。

 

本物を届けること。
正しい価値を伝えること。
地域を照らす存在になること。

 

それらはどれも簡単ではありません。けれど、ひとりの商人の覚悟があれば、必ず道は拓けていく。今日もIKOのドアが開くたびに、人と人がつながり、誰かの未来がそっと明るくなっていきます。商人とはそんな“灯り”をともせる、かけがえのない仕事なのだと、ナチュラルマーケットIKOは教えてくれるのです。

 

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笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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