笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

あなたが最後に日本茶を淹れて飲んだのは、いつのことでしょうか。

 

いま、日本茶はかつてないほど脚光を浴びているように見えます。抹茶スイーツに抹茶ラテ、海外でも「MATCHA」は健康的でクールな存在として人気を集め、観光客向けの抹茶体験は連日盛況です。

 

けれど、その華やかさの裏で、静かに、しかし確実に淘汰の波が押し寄せています。

 

淘汰が進む日本茶業界

 

帝国データバンクの最新調査によれば、2025年1月から7月のわずか半年あまりで、製茶業の倒産や廃業が11件に達し、すでに前年の通年件数を上回りました。日本茶の老舗や地域の小さな茶工場が、ひっそりとその幕を下ろしているのです。この現象は、単なる景気変動ではなく、日本茶業界が抱える構造的な課題が噴き出した結果だといえるでしょう。

 

 

たしかに、抹茶を中心とした新たな市場は拡大しています。大手企業や輸出力のある製茶業者の中には、過去最高の増益を記録したところもあります。しかし一方で、原料である茶葉の高騰、光熱費の上昇、煎茶やほうじ茶などの需要減によって、経営が立ち行かなくなる事業者も増加。収益格差が広がる“二極化”が進んでいます。

 

では、この波の中で、日本茶専門店はどう生き残ればいいのでしょうか。鍵となるのは、次の三つの視点です。

 

 一、「売る」から「伝える」へ

 

お茶の本当の魅力は、その味わいにとどまりません。産地の風景、つくり手の技、歴史に培われた文化──これらを「物語」としてお客様に届けることが、購買行動につながります。

たとえば、初心者向けに「急須で淹れるおいしい煎茶の基本講座」を開催し、お湯の温度や茶葉の量によって変わる味わいの違いを実際に体験してもらう。あるいは、季節ごとに「春の新茶を味わう会」や「秋の焙じ茶ナイト」といったテーマを設け、旬の茶葉を使った飲み比べや、茶に合う和菓子とのペアリングを楽しむイベントを開く。さらには、産地の茶農家とオンラインでつなぎ、リアルタイムで茶畑の様子を見ながら、つくり手の話を聞く「バーチャル茶畑ツアー」なども、現代の顧客に響く日本茶体験のかたちです。

 

二、「現代の暮らしに合う茶」の再提案

 

若年層の急須離れを嘆く前に、まずは彼らのライフスタイルを理解し、それに寄り添った「新しい飲み方」を提案することが必要です。

 

たとえば、通勤前の朝のひとときに、マグカップにティーバッグを入れて手軽に楽しめる煎茶や玄米茶。オフィスやリモートワーク中には、ボトルに入れて冷蔵庫で一晩おくだけの「水出し煎茶」や「ほうじ茶」が、すっきりとしたリフレッシュドリンクとして人気です。また、忙しい若い世代にとっては、粉末を溶かすだけで本格的な味わいが楽しめるパウダー茶やスティックタイプの商品は、「お茶=手間がかかる」というイメージを覆す存在となります。

 

実際、抹茶パウダーを豆乳やアーモンドミルクに混ぜて「抹茶ラテ」を自作するSNS投稿も増えており、日本茶が日常の中に自然と溶け込む新しいスタイルが生まれています。“急須で淹れるもの”という固定観念を超えて、“マイボトルで楽しむ”“カフェ感覚でアレンジする”といった柔軟な提案が、新たなファン層の開拓につながるのです

 

三、販路と関係性の再構築

 

インバウンド需要や海外輸出は、日本茶専門店がこれからの市場拡大を目指すうえで欠かせない成長領域です。たとえば、英語や中国語に対応したオンラインショップを立ち上げ、抹茶や煎茶のスターターセットを販売することで、海外の初心者層に日本茶の魅力を届けることができます。実際に、SNS広告やインフルエンサーとの提携を通じて、台湾やアメリカ、フランスなどからの注文を獲得している中小事業者も存在します。

 

また、訪日外国人向けには、空港やホテル、観光地の土産物店で扱ってもらえるよう、ギフト仕様の商品や、茶葉と急須のセットなど「手に取りやすい形」にする工夫が求められます。パッケージに英語で淹れ方やストーリーを記載することも重要です。店頭での「お茶体験付き接客」は、商品を売るだけでなく、記憶に残るブランド体験となり、帰国後の再購入にもつながります。

 

仕入れ先との関係性についても、従来の価格重視の取引から、価値共創型のパートナーシップへと見直すべき時期に来ています。たとえば、特定の生産者と提携して「当店専用のシングルオリジン茶葉」を共同開発する、もしくは農園の持続可能な茶栽培を支援するプロジェクトを打ち出すことで、産地と都市部の店が一体となってブランド価値を高めることが可能になります。

 

「誰のために、何のために売るのか」を見つめ直し、顧客と生産者の両方と長期的な信頼関係を築いていくこと。それが、価格競争から脱し、唯一無二の専門店として選ばれるための礎となるのです。

 

風を待つな、帆を張れ

 

「売れるかどうか」ではなく、「何のために売るのか」

 

この問いを、私たちはいま改めて胸に刻む必要があります。お茶は単なる商品ではありません。急須の湯気に包まれた団らんの時間、静けさの中に身を置くひととき、遠くの産地に思いを馳せる心の旅──お茶には、暮らしを豊かにし、人をつなぐ力があります。だからこそ、私たち専門店は、「モノを売る」仕事ではなく、「心を届ける」使命を担っているのです。

 

たとえば、今日から始められることがあります。お客様にただ茶葉の特徴を説明するだけでなく、「このお茶は、霧深い山あいの畑で、60代のご夫婦が丁寧に手摘みしたものなんですよ」と背景を語ってみること。SNSで日々の淹れ方や、スタッフの“マイ急須”を紹介し、生活の中に自然にお茶を取り入れるヒントを発信すること。月に一度、小さな試飲会や、季節の「お茶と和菓子の時間」を開いてみること。どれも、特別な設備や予算は要りません。けれど、そこから“誰かの暮らしの中にお茶が根づく”きっかけが生まれるのです。

 

いまの抹茶ブームは、確かに追い風です。しかし、風まかせでは進めません。帆を張るのは、私たち自身です。誰に届けたいのか、どんな体験を提供したいのか──その意志こそが、進む力となります。文化を守り、次代に伝えるのは、言葉ではなく実践です。いまこそ、日本茶専門店がその先頭に立ち、時代の追い風を「希望の風」に変えていきましょう。

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笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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