笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

中国経済はいま、長い調整局面に入っているといわれます。不動産不況の長期化、若年層の雇用不安、消費マインドの冷え込み――。かつて高成長を前提に拡大を続けてきた産業構造は、確実に転換点を迎えています。

 

小売業も例外ではありません。ネット通販の急成長と価格競争の激化、コロナ禍以降の購買行動の変化を背景に、中国各地でスーパーマーケットの閉店や統廃合が相次いでいます。規模を追い、スピードを競い、安さを武器にしてきたチェーンほど、苦境に立たされているのが実情です。

 

こうした環境の中で、まったく逆の現象が起きている企業があります。地方都市・河南省許昌市を拠点とするローカルスーパー「胖東来(パントンライ)」です。中国で「小売業の奇跡」と称され、日本経済新聞によれば、世界の流通大手の幹部が相次いで視察に訪れる存在になっているといいます。

 

2023年の売上高は約46億元。中国全体では31位規模にすぎません。それでも注目を集めるのは、ここに商いの本質と、これからの小売業が生き残るための“原理”が凝縮されているからです。

 

清潔と秩序を守り続ける覚悟

 

胖東来の店舗に入ると、まず空気が違うといいます。野菜や果物は美しく積まれ、調味料や加工食品はラベルが正面を向くよう整然と並んでいます。客が商品を手に取ると、従業員がすぐに棚を整えます。床やガラス、窓は毎日磨かれ、店内はまるで開業初日のような清潔感を保っています。

 

これは一時的な演出ではありません。きれいな状態を維持し続けることそのものが、経営の最優先事項として制度化されているのです。生鮮売場には、「おいしくなければ、お宅にうかがって返品を受け入れる」と書かれた表示が専用電話番号とともに掲示されています。見た目に変化が出た商品は専用の割引棚へ移し、「宵越しの肉は売らない」を原則に、毎日売り切るためのタイムセールを行っています。

 

価格は決して最安ではない。それでも日経記事に登場する来店客はこう語る。「安くはないが、従業員の対応が最高で、商品に対する安心感がある。だから毎週必ず来る」。閉店が続くスーパーが増える一方で、週末には地下駐車場に入る車の列が数百メートルに及ぶという。胖東来が売っているのは、商品以上に“不安のない買い物体験”なのだ。

 

この思想の源流は、創業者・于東来(ユー・ドンライ)の人生にあります。胖東来の創業は1995年。于東来は河南省許昌市で、わずか40㎡ほどの小さな店から商いを始めました。それ以前の人生は平坦ではありません。公開情報によれば、ゴム工場で働いた経験があり、その後、離職や失職を経験しています。映画券の転売や、ピーナッツ、アイスなどの小商いを転々とした時期もあったと伝えられています。

 

彼は常に、買う側、働く側、生活に余裕のない側の現実を、身をもって知っていました。だからこそ、商いを始める際に心に決めたのは、「生活者を裏切らない」という一点でした。于東来が掲げた理念は、極めてシンプルです。

 

「本物の商品で、真心を得る」
「不不満があれば、理由を問わず返品」

 

創業初期、販売した商品に自店の印を押し、客が持ち込めば真偽を問わずメーカーで検査し、新品を渡した――そんな逸話も語られています。合理性よりも、疑念を残さないことを優先する。この姿勢がその後のすべての制度設計に貫かれています。

 

 

従業員は「信用の源泉」

 

小売業の苦境は、従業員の疲弊としても表れるものです。賃金抑制、長時間労働、離職率の上昇。多くのスーパーがこの悪循環に陥っています。

 

その中で胖東来は、真逆の道を選びました。日本経済新聞は、服装や姿勢、動作に至るまで400項目以上の細かな規定があると報じています。一方で、その水準を守るため待遇は徹底的に改善されていきました。

 

・平均月給は約5500元(当時)で地域同業比3割以上高水準
・毎週火曜日定休、週休2日
・有給休暇30日以上、うち10日は旅行を推奨
・休憩室、シャワー室、ジム、読書室を完備
・年末には利益の約3割を従業員に分配

 

経営情報も共有され、店舗別の収益や将来の展開、場合によっては閉店の可能性まで伝えられます。そこには、従業員を「使う」のではなく、「信頼の源泉」として遇する思想があります。この姿勢が、現場の安定と高いサービス水準を支えているのです。

 

価格競争に陥らない理由

 

胖東来が淘汰の波に飲み込まれない理由は、価格ではありません。日本経済新聞によれば、取引先の了解を得た一部商品では、タグに仕入れ価格と販売価格の両方を表示します。衣料品なども、競合より低いとみられる利益率を設定しているといいます。

 

客は言います。「高くないし、何より損をした感じがしない」。価格の安さではなく、納得感。それが、消費が慎重になる時代に選ばれる条件であることを、胖東来は示しています。

 

実は、胖東来は日本との関係が深いことで知られます。店舗入口には「学習する企業」としてイトーヨーカ堂の名が掲げられ、于東来は日本の寿司職人・小野二郎の仕事ぶりを尊敬しているとも報じられています。店内に掲げられた「躾(SHITSUKE)」「清掃(SEISO)」という言葉が象徴するのは商いの基本を学ぶ姿勢です。

 

生き残る店は何が違うのか

 

閉店が続く時代に、生き残る店は何が違うのでしょうか。胖東来は、その答えを静かに示しています。

 

・信頼は、接客の巧拙ではなく仕組みで守られる
・従業員を大切にすることは、最大の競争戦略である
・清潔、表示、説明、返品という基本が最大の差別化になる
・「安さ」より「後悔しない買い物」を提供できているか

 

景気が悪い時代ほど、人は価格よりも「ここで買ってよかった」「この店があってよかった」という安心を選びます。胖東来が証明したのは、商いは派手な改革ではなく、信頼の積立であるという真理なのです。

 

それは、日本の商人が大切にしてきた原点でもあります。いまこそ、私たちはそこに立ち返るときです。

 

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笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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