笹井清範OFFICIAL|商い未来研究所

「今回は売れ行きが厳しかったから、悪いけど、少しだけ単価を下げてもらえないだろうか」

 

地方都市で三代続くある専門店の店主が、長年取引のある協力会社に電話口でそう伝えたのはつい最近のことでした。決して横暴なつもりはありません。むしろ「お互い様」「昔からの関係」という信頼の上での相談でした。

 

相手も「わかりました。今回だけですね」と、すぐに答えてくれました。電話を切った店主は、胸をなで下ろします。「助け合ってやっていける関係でよかった」と。

 

しかし──2026年1月1日以降、このやり取りは、明確に「取適法違反」と判断される可能性があります。モノン台は、価格の引き下げそのものではありません。、十分な協議を経ない、一方的な価格調整という構図です。

 

この店主は誠実でした。悪意もありません。それでも、「知らなかった」だけで、法に触れる可能性が生まれる。それが、これから始まる取適法の時代なのです。

 

「商いの前提」が変わる

 

2026年1月1日、長年親しまれてきた「下請法」「下請振興法」は、それぞれ「中小受託取引適正化法(取適法)」「受託中小企業振興法(振興法)」へと改められます。

 

多くの中小商業者は、「また法律が変わるのか」「どうせ大企業向けの話だろう」と感じているかもしれません。しかし、今回の改正は、そうした距離感で捉えると危険です。なぜなら、これは名称変更でも、制度整理でもないからです。

 

国が示したのは、「上下関係を前提とした取引の時代は終わった」という明確なメッセージです。従来の「下請」という言葉には、力関係の固定、我慢の構造、声を上げにくい空気がありました。しかし現代の商業は、製造業だけでなく、専門店、サービス業、IT、物流、デザイン、EC運営など、多様な業務委託の集合体です。

 

そこで法律は、「誰が強いか」ではなく「取引が適正かどうか」を正面から問う形へと生まれ変わりました。

 

 

「自分は守られる側」という誤解

 

取適法を理解するうえで最大の落とし穴があります。それは、中小商業者自身が「委託する側」になる場面が急増しているという事実です。

 

たとえば専門店は、日常的に外部へ仕事を委託しています。オリジナル什器の制作、POPやチラシのデザイン、ECサイトの運営代行、縫製や加工、修理、清掃、配送──。これまで多くの店主は、「うちは小さいから、下請法の対象ではない」と考えてきました。

 

しかし取適法では、従業員数という新たな基準が加わります。商業・サービス業であれば、従業員300人を超える事業者は、資本金に関係なく「委託事業者」となり得ます。つまり、中堅規模の専門店チェーン地域で多店舗展開する有力店は、完全に当事者なのです。

 

起こりがちな「無自覚な違反」

 

たとえば、インテリア専門店がオーダー什器を依頼する場面を考えてみましょう。店の世界観に合わせて、職人に特注棚を発注しました。完成後、売場変更が決まり、「少しサイズを変えてほしい」と追加を依頼するとします。その際、「ついでだから」「前回も対応してくれたから」と、追加費用の話をしない。この行為は、取適法の考え方からすると、不当な役務の追加要請に該当する可能性があります。

 

また、アパレル専門店が縫製工場にオリジナル商品を依頼し、「売れ残った分は次回で調整しよう」「今回は厳しいから、少し単価を下げてほしい」と伝えるケースも珍しくありません。これも、協議なき価格決定、売れ残りリスクの一方的転嫁と見なされる恐れがあります。

 

どれも、悪意はありません。むしろ「現場では当たり前」の光景かもしれません。しかし取適法は、その「当たり前」を問い直す法律なのです。

 

なぜ、ここまで厳格になるのか

 

背景にあるのは、人件費・原材料費・エネルギー価格の上昇です。弱い立場にしわ寄せがいく構造を放置すれば、担い手は疲弊し、産業そのものが立ち行かなくなります。

 

だから国は、「価格は、対話の結果として決めるもの」「支払いは、相手の資金繰りを考慮すべきもの」という原則を、法律として明文化しました。支払期限が原則60日以内とされたのも、手形払いが事実上排除されるのも、すべて現場を守るための設計です。

 

また、取適法では発注内容、価格、支払期日を、書面または電磁的方法で明示する義務が課されます。「口で言った」「昔からの条件」「わかっているはず」といった言葉は、もはや通用しません。むしろ、証拠が残らないこと自体がリスクになります。

 

中小事業者にとって重要なのは、完璧な契約書をつくることではありません。「条件を言語化し、残す習慣」を持つことです。

 

一方、振興法は「罰する法律」ではありません。こちらは、良い取引を広げるための法律です。多段階取引の是正、価格転嫁の後押し、国や自治体による支援――これらはすべて、まっとうな取引を行う事業者が、報われる環境をつくるために用意されています。取適法と振興法は、「ムチとアメ」ではなく、両輪として商いの質を底上げする仕組みだと捉えるべきでしょう。

 

 

取適法時代に求められる姿勢

 

これからの商店経営で問われるのは、法律知識そのものよりも、姿勢です。価格を決めるとき、条件を伝えるとき、支払うとき、そこに、「相手の立場を想像する余白」があるかどうかが問われます。取適法は、商いの品格を可視化する法律だと言っても過言ではありません。

 

冒頭の店主が犯したのは、悪意ある違反ではありませんでした。それでも、法律は「結果」を見ます。だからこそ今、必要なのは、怯えることでも、萎縮することでもありません。

 

商いを言葉にし、対話を重ね、記録を残すこと、それは長年大切にしてきた取引先との信頼を、次の世代へ引き継ぐための作法でもあります。取適法の時代は、誠実に商いをしてきた店ほど、静かに、しかし確実に報われる時代です。制度対応を「守り」で終わらせず、商いを磨き直す機会として、ぜひ活かしてください。

 

 

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笹井清範

商い未来研究所代表
一般財団法人食料農商交流協会理事

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