花を一輪手に取ると、心がふっと軽くなる瞬間があります。そこには、花そのものの美しさだけでなく、その背景にある人の営みや志が静かに息づいているからでしょう。
栃木県鹿沼市に本店を構える「いわい生花」。ここには、全国から人が集まる“地方の奇跡”があります。その象徴が、七色に染まる「ロマンチックかすみ草」です。
けれど、この物語は単なるヒット商品の話ではありません。一人の商人が脇役の花に光を当て、地域の誇りを育て、全国へと価値を広げた25年の歩みそのものです。

脇役の花に光を当てる
始まりは25年前。地元の生産者が「売れないから栽培をやめる」と語ったことが、かすみ草との出会いでした。当時、白いかすみ草はブーケの脇役で、ただ同然の扱い。しかし岩井さんは、その小さな花にこそ可能性を感じました。
「なくてはならない花なら、価値をつくればいい」と取り組み始めてからの3年間は挑戦の連続でした。塗料で染めれば傷む。水に色を混ぜれば染まらない。失敗してはまた試し、ようやく花を傷めずに七色に染め上げる独自技術を確立します。
こうして2011年、「ロマンチックかすみ草」が誕生。一本380円から始まった挑戦は、いまではピーク時1200円という高単価でも売れ続けるブランドへと成長しました。
そして驚くべきことに、現在の売上に占めるかすみ草の割合は1割にも満たないと言います。それでも会社の成長は、この花を軸に歩んできた25年が確かに土台をつくってきました。
伝え方ひとつで花は生まれ変わる
七色のかすみ草は、店頭に並べた瞬間こそ「きれい」と注目されましたが、最初はまったく売れませんでした。理由はただひとつ――価値が伝わっていなかったからです。
そこで岩井さんは、POPに心を注ぎます。開発の物語、染め方の工夫、手入れのコツ。花の背景にある“想い”を言葉にして丁寧に伝え続けたところ、手書きのPOPが顧客の心を動かし、指名買いが一気に増えたのです。同時にSNSを強化すると、写真を見た県外の人々が「この花を見たい」と、鹿沼まで足を運ぶようになりました。
コロナ禍では、来店が減ったタイミングを逆手に取り、店舗を全面リニューアル。「花を買いに行くだけの店」から「花を見に行く観光地」へと進化させ、週末には県外ナンバーの車が並ぶまでになりました。

日常の花こそ商いの主戦場
意外に思うかもしれませんが、ロマンチックかすみ草は“集客のための商品”。真の収益の柱は 1000円の仏花ブーケです。仏花は「切らしてはいけない花」。品質の高さ、長持ち、他にはないアレンジ――。そのこだわりが信頼を生み、岩井生花の経営を支えています。
そしてもう一つの強みが、“セルフ店”の存在。無人販売とはいえ、ただの配置販売ではありません。県内外60ヵ所の売り場を、スタッフが自らの店舗として責任を持って運営しています。
POPは「店主の分身」。売り場づくりは「魂の配置」。1センチのズレも妥協しない徹底ぶりが、無人でありながら“岩井生花らしさ”を伝える力となっています。このセルフ店が“入口”となり、「もっといい花があるのでは?」と本店を訪れる人が増え、鹿沼へ客足が流れてくるのです。
物語を届け続ける商人の志
岩井さんの商売には一貫した信念があります。「宇都宮ではなく、鹿沼に来てもらいたい」という地元愛です。人口の多い街で売ったほうが商売は楽。しかし、あえて小さな鹿沼で勝負することが、商人としてのプライドでもありました。
そのために必要だったのが、「岩井生花でしか買えないもの」をつくること。ロマンチックかすみ草は、まさにその象徴だったのです。
さらに店の裏側では、社員どうしのLINEで1日1200件もの情報が飛び交います。各店舗の陳列写真、POPの配置、客層の変化。全員が“24時間365日、すべてから学ぶ”という姿勢で売り場を磨き続けています。こうした地道な積み重ねが、いわい生花を「鹿沼の誇り」へと押し上げました。

価値は想いの深さに比例する
ロマンチックかすみ草の物語は、商いの本質を教えてくれます。
・脇役に光を当てれば主役に変わる。
・伝え方ひとつで商品は魂を宿す。
・日常を磨く姿勢が商いを強くする。
・物語を語り続ける店に人は惹きつけられる。
地方の小さな花屋が、全国から人が訪れる花屋へ育つ――。それは奇跡ではなく、商人としての志が生んだ必然です。今日も鹿沼の店先で、七色のかすみ草がそっと教えてくれます。“価値は、想いの深さに比例する” と。





